朝焼けの詩
シンっとした空間、しっとりとした水気が、顔を覆う。朝霧のヴェルベットベール。ひよひよの長い首にかけたランタンが、儚げに前方を照らす。
私はキャスケットの上にのっけたゴーグルを降ろし、スイッチを入れると視界の右下に81km/hと、青いネオンカラーで表示された。
コンクリートと合金で建設された高速道路。滅びの時代からあると言われてる舗装されたこの道は、雲に囲まれた針葉樹の森を這って進む大蛇のように、長く遠く遥か西へと続いている。
コケ池村を出発する前、ホロビュー経由で中央の会社連絡があった。
――大都市スペキアで、弾道列車のラストランが行われる――
弾道列車とは、滅びの時代から大陸を疾走する輸送機械なのですが、最後の1台がそろそろ寿命で、上空に向かって発射すると言うラストランパレードを、実りの祭典を前倒しにして同時に1ヶ月間騒ごう的な趣旨らしいのです。
北へ、北へと旅をしていた私が、偶然にも一番スペキアに近かった為、取材して欲しいとの事でした。追加報酬付き1週間の特別取材を断る理由なんてありませんよね?
大きな蛇の上を、速く、速く走る。
「ぎゅるるぅ」
力強いひよひよの唸り声、トテテと響く振動、手綱から伝わる息遣い。私の視界は朝霧の胡粉色がカンヴァスになって、淡藤の空、針葉樹の深緑を流線状へと融解する。
ゴーグルに表示された青いネオンカラーは数字をぎゅんぐん増やし、120km/hを通過して赤いネオンカラーになった。
風を水気を身体に感じながら、たまに会う4本足の走竜をびゅんびゅん抜かしひたすら西へ――
いつもはひよひよの膝を考えて土の街道を好むんですが、高速道路はアスファルトと言う滅びの時代の遺産なので、道は平らですが兎に角硬い。速度出せるけど私は速度中毒者でもないし、ひよひよの走行寿命を縮めたくない。長い首を撫でながら諌めた。
「ひよひよ、ごめんね。もっとゆっくりでいいからね」
「きゅるる、きゅる」
「だから、そんなに急がなくていいの。何の為に朝早く出発したの?」
流線状に解けた景色が少し落ち着き、ゴーグルの表示が100km/hと青いネオンカラーになる。
朝霧は段々と薄く、薄く四散する頃、淡藤の空が薄花桜へ移り変わる。日の匂いを感じる。朝陽が昇るのだろう。
ゴーグルからのナビゲーションで、前方700m休憩所と表示されたのを見て速度を更に落とし、そろそろ朝ご飯かな? と、向かう。
隣接した休憩場前でひよひよから降りて、背伸び。針葉樹のマイナスイオンを吸い込み深呼吸。
薄花桜に伸びる淡い青の空には、乳白色の絹積雲、山の際からじゅわっと朝陽が昇り出し、真朱や紅緋の赤が、水彩画のように流れ出ていた。
私は昨日への感謝と今日の出会いを込めて、そんな秋の朝焼けに手を組み祈る。
薄く目を瞑り、静かに緩やかに、祈りが自然と詩へと――
私は本当に、しようとした事を忘れ 私は忙しく、不安にかられ苦しみ
けれど、私は大地のように深く考え得る
私は空のように理解し それがどういう意味かを生き感じる
私たちは皆、愛を知るようになる
それには、時代を再配置しなければならない すべてが悪化する前に誰かが、必ず
私の人生とは……私たちの時代とは 時計の針を戻すように、それはすべての異なった視点から
私の人生とは……私たちの時代とは 時計の針を戻すように、それはすべての異なった視点から
独唱が次第にひよひよとのハミングになる頃、辺りの乳白色の雲が消え、山の際から朝陽が顔を出し切り、遠くには飛海鷂魚の群れが陽の光に染まり、シンっとした空気が柔らかく、暖かくなる。
詩がゆっくり、ゆっくりと終わると、後ろから小さな拍手が聞こえてきました。振り返ると、私には年上の男性の年齢がよくわからないけれど、そこには多分30代位だろうと思う人が4本足の走竜と共にいた。
ボサボサでくすんだ黒い髪、鼠色の汚れた作業着、私より頭1つ分大きい背丈で、痩せてるけれど筋肉質な感じ。隣には、赤い鞍を乗せた白い走竜。むにっとしたお尻には、沢山の荷物を積んでいる。
「かなり古い詩だよな、旧時代の聖女かと思ったよ。つい、綺麗な声につられてふらっと来ちまった」
照れくさそうに男の人は笑った。
ちなみに旧時代とは滅びの時代、聖女とは逆時計回り思想を広めた女性の俗語で、スペキアに近い程、逆時計回り思想は薄く俗語が多いと、以前ホロビューで読んだ事がありました。
「母に教わった詩なんです。私は熱心な思想家じゃないですけど、こんなに素敵な景色をみてたら、自然と」
「地元を褒められると嬉しいもんだな。おっと、自己紹介遅れたな。俺はここいらで運び屋してる、クリザン・テームってもんだ。こっちが相棒のプリム」
クリザンさんは手をスボンでごしごし拭いてから、握手を求めてきた。
「リリーオ・アルネオ、リリオとかリリーオって呼ばれてます。それと、大切な家族で友達のひよひよ。私達はスペキアまで行くところです」
私達は握手をした後、クリザンさんは、ちょっと触らせてもらうよ、としゃがみひよひよの足を撫でる。
「かー、筋肉の張りがえげつないな。100km/h以上出すってのも理解できるぜ。膝はしなやかで柔らかいし、振動も少なそうだ。2本足ってだけでも希少なのにこいつの肌は黒と銀混じりだから極東産か、珍しい」
随分と走竜慣れしてる運び屋さんなんだろう、ひよひよが嫌がる顔もせずきゅるるぅと返事をしてる。
「えぇ、頑張れば120km/hで走ってくれますよ」
「やっぱ走竜は極東産に限るよな、羨ましいぜ。プリムなんて40km/h超えるとヒィヒィ言うしよ。ま、4本足は運搬と農耕特化だから仕方ないけどよ」
見上げるようにニィって笑い、私も微笑みかえす。
「そういやよ、ホロビューの中央出版にある旅行日記ってリリオだろ。ちょいちょいアンタの記事読むんだ。2本足と女の子の組み合わせとかこれまた珍しいからすぐわかった」
「えっ、あの…… その、ありがとうございます。まだまだ下手っぴぃで、申し訳ないような文章ですけど」
読んでいる人がいる。そう実感するのは嬉しいけど、とても恥ずかしい。
「そんな事ねぇよ。文章も見た目みたいに可愛らしいし、運び屋にとっちゃアイドルみたいなもんよ。ま、俺もファンだしな」
「すみません。反応に困ります…… 」
本当に恥ずかしくて、照れくさくて、でも嬉しくて。聞きなれない言葉で、私は顔が真っ赤になる。
「ついでっちゃ悪いんだけど、お願いがあるんだ。さっきの詩をまた聴きたいんだ。今度はプリムとひよひよと俺の伴奏付きで」
クリザンさんはしゃがんだ姿勢から胡坐をかくように座ると、ポケットからブルースハープを取り出して、ぷぅぴぃ吹きながら、またニィって笑う。
「それじゃ、もう1度だけ」
2匹と2人の奏でる詩が朝焼けに響き、休憩場から出てきた人達が加わり輪になって、愉快なひと時。
――この日の朝食は少しだけ遅くなりました――
リリオが段々年上キラーになってきてるような?
クリザンさん曰くバイクはカワサキ! らしいです。
4話は最速でも日曜予定となります。