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小麦香

 失敗した。何故こんなことに。

 もう少し落ち着いて判断していれば。

 気持ちが悪い。頭がフラフラする。手は何かに掴まってはいるものの気持ち悪さは段階を飛び越えて加速していく。体温もそれに伴い高くなる感じだ。

 風を感じたい。手探りで窓を探し出して開け放つ。

 失敗というのも、目先の利益に飛びついたからであろう。なにも考えもせず、きっとなるようになるだろうとおもったから。

 秋風を感じていると幾分身体は楽になる。最近は身震いするほどに冷えてきた風だが今はとても心地がいい。

 が、それも長くは続かず、ついに限界になった身体からは苦しみの声が漏れる。

「おかーさん……酔った……。」

「えぇっ、菜々っ?あー、あとちょっとだから我慢しなさい。」

「むりー。はくー。はいちゃうー」

 運転しているお母さんに対しふざけて言っているつもりだが、結構限界が近いというのも事実である。必死で深呼吸したり、頭を上に向けてみたり、とにかく吐いてはいけない。それだけはわかっている。

 お母さんの言ったとおりすぐに車は停まった。ほっとする。

「はーい、着いたわよ。大丈夫?」

「うー、うん」

 釈然としない返事が私の口から漏れる。

「待ってる?」

 少し挑戦的にお母さんは言う。そんなことを言われて意地になったら思うつぼだ。ここはさっぱり負けを認めよう。

「嫌だ、行きたい」

「はい、じゃあ、がんばりましょう」

 笑みを含んで言うお母さんは口調こそ保母さんのようであったが、裏に隠されたものは嫌味ったらしい魔族のものの象徴のようにも感じなくもなかった。これ以上は言うまい。

 車からのそりのそりと出た私だが、ここに来たいという気持ちはまだ胸の中にふつふつと沸いている。

 お母さんに手を引いてもらい、一歩一歩と進む度に私の鼻腔をくすぐる小麦の香り。

 そう、私はパン屋に来たかったのだ。

「ここが噂のパン屋さん?」

「そうよー、なかなか大きいわねー。ここが本店になるのかしらね」

 嬉しそうにお母さんは口にする。本店になるほど大きいのか。それは私もわくわくする。

「人は多い?」

「んー、けっこういるけど、店が広いこともあって並んではないわねー。すぐ買えそうよ」

「やったー」

 今朝の納豆と焼き魚に彩られた朝食を食べ、お父さんが仕事に出かけた後、お母さんは近所の人から聞いたというパン屋、Bakery-Nの話をしてくれた。お母さんも近所の人から聞き、気になっていたらしく私に行ってみようと誘ってくれた。どうやら最近できたらしいが、味も雰囲気も行った人には好評で多くの人が食べてみようと足を運んでいるらしい。家からは車酔いになるほど少し遠い距離にあるものの、美味しさによっては再び訪れるかもしれないという期待感はもっている。

 朝食を食べてばかりということもあったがお母さんの話を聞いてすぐに車を出してもらったという具合である。もう少し時間を置いていればきっと車酔いにはならなかっただろう。いや、もう少し来るのが遅ければこの幸せな匂いは今この時間、嗅げていなかったのか。

 そんなことを考えていると、自動ドアの開くモーター音がした。

「はい、着いたわよー」

 とお母さんに言われると同時に私は握っている手を離す。鼻から入った幸せな香りは脳まで緩い気持ちにさせそうだ。

「お母さん、その辺歩いてきていいー?」

「いいけど、人にはぶつからないようにね」

「だいじょぶだいじょぶー」

 人の気配を辿りながら歩けば案外ぶつからない。昨日だって病院で誰ともぶつからなかったのだ。ゆっくり歩けば人も大概避けてくれる。

 一番、パンの匂いが強そうなところへ行こうと思い歩いていたら

「あぁっ!」

 突然、私の正面で男の人の声がした。

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