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始まり

 手足に寒さを覚え、毛布を探す。手に取ったふかふかの感触を身体の上に被せようと引き寄せたところで目が覚めた。このまま毛布をかぶれば寝坊は確実だろう。誘惑から脱却すべく、大仰に毛布を足元に放り投げた。投げられた毛布は数秒ベッドの縁で耐えていたが、やがてぬるりとベッドの上からすべるように落ちた。

 誘惑を見事断ち切った今日の朝の目覚めは爽快である。カーテンを開けて日差しを取り込む。自分が立ち上がったところは日差しを浴びてキラキラして見える。午前7時の秋の日差しを身体に浴びながら背伸びをする。昨夜で導き出せなかった彼女との決着は、一晩の眠りで内心もう半ば諦めがついたようだ。自分のことなのにまだよくわからないのは少々腹立たしいが、いつまでも考えてても仕方がない。気持ちを切り替えて今日からまたがんばろう。

 決意を新たに僕は台所に行きポットで湯を沸かす。その間に棚をあけ、即席のライスと味噌汁のパッケージを出す。ライスは電子レンジへ、味噌汁は外側が黒く内側が赤いお椀ににゅるりと赤茶色の流動状のものを出し、ポットのお湯が沸くまでしばし待つ。電子レンジの音がベースとなって響く中、足りないものの存在に僕は気づいた。忘れていた。粉のコーヒーが入っているビンを取り出し中身をカップへ。サラサラとカップへ注がれる粉はとても心地よい音を奏でる。しばらくしてポットのお湯が沸いた。味噌汁とコーヒーのカップへ白い湯気が立つお湯を注ぎどちらもいい匂いを流し始めたところで、電子レンジのチンという音が響き渡る。

 完璧だ。

 ライスを茶碗に盛り、すでに味噌汁とコーヒーが並んでいる食卓へと運ぶ。

「いただきます」

 まずはコーヒー。コーヒーは入れたてが一番美味しい。苦味が酸味に変わってしまったコーヒーは僕はあまり好きじゃない。香りを楽しみながら一口。口元や頬に湯気が当たって心地よい温かさだ。コーヒーを飲み終えてから、ご飯と味噌汁に手をつける。コーヒーにはそれなりのこだわりがあるが、ご飯や料理にはほとんどといっていいほど興味がない。一人暮らしをしている人間なんて大体そんなものだろうと思っている。しかし看護師と言う職業上、この生活が患者に知られた際には説得力の破綻が容易に起こりそうである。いや、ほぼ確実に信用は失うだろう。少し大袈裟に思考を巡らしたが強く否定できないとも思い、背筋が少し冷たくなった。

 そんなこと言っても、好きな食べ物もなければ嫌いな食べ物すらない。優良な人間じゃないか。ただその結果で、食べ物を嗜好と考えられなくなっているのだが。

 そんなことを思ううちに食卓の上は寂しくなった。五分目くらいにお腹を満たしてくれた食事たちに「ごちそうさまでした」と社交辞令並みに薄い感謝を述べ、食器を台所の水を張っている大きい槽に沈め、着替えて家を出た。

 彼女のことはもう頭の片隅にも存在しない。

 ただ、今日の仕事のことだけを考えて僕は家を出た。

 今日起きる出来事を、僕は少しも考えもしていなかったから。

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