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変化

 今日はいつもと違った。今まで通っていた病院は、昨日付けで院長先生が定年退職するということで行けなくなってしまった。突然の通達ではなかったので、別段驚きはしなかったが、小さい病院ながら献身的に心のケアまでしてくれたあの病院にもう行けなくなるのは寂しい。そんな膨らんだ風船が時間と共に萎んでいく気持ちを感じながら私は今日からの病院へ赴いている。

 退職される前に院長先生は私にこの辺りではかなり大きい病院を紹介してくれた。今までが小さな病院であったため人で溢れかえるイメージはなかったが、自分の持っている病気が病気なだけに人がたくさんいる空間へはなるべく行きたくはなかった。だから行くことに関しては不安が付きまとっていたが、これから老後を楽しく暮らそうと考えている先生にわざわざ心配もかけたくなかったし、なによりいつまでも人がいるところを避け続けていても、いつかはそういうところに慣れなければいけない日が来ると前々からは感じていたので私は笑顔で心からの「今までありがとうございました」を院長先生に贈った。その翌日とは少々忙しい気もするがせっかく紹介もしてもらったので早いほうが良いというお母さんの提案でこうして私たちは病院に着いた。

 新しい病院。いったいどんな外見なのかもまったくわからない。ただいつも通う病院より周りが格段にやかましい。

「大きいところね。ウチの30倍はあるわよ。」

 お母さんの言葉で私の頭の中にイメージ図がもやもやと浮かぶ。ウチの形は小さい頃に壁を触りながら一周し、さらには屋根のところまで両親の協力の元、触らせてもらったので今では鮮明に思い描ける。

 ウチの30倍かぁ。思い描くウチの形を30個にする。横に、縦に、並べてごちゃごちゃしてしまった頭の中がつい可笑しくなってクスッと笑う。

「あはは。ピラミッドみたい」

 自分でも何を言っているかわからないが結局一番しっくり来たのはウチを積み上げて錐の形にしたイメージだった。

 人もいっぱいいるし、いっぱい部屋があるしピラミッドだ。そう考えると自然とわくわくしてくる。

「んー、ピラミッドよりもう少し細長いわね」

「こまかいことはいーの、ほらはやく連れてって」

「あら、昨日まであんなにションボリしてたのに」

 むー。なんでお母さんはそういうことをいうかなぁ。せっかく私は不安を華麗に断ち切ったというのに。ピラミッドでもいいじゃん、わくわくするじゃん。わくわくしたから病院きたじゃん。ん…?

 私はだいぶ気持ちが落ち着いてきている自分に安堵しながら、お母さんの手に引かれ病院の中へ入った。


 生まれつき目の見えない私はお母さんに手を繋がれたままで担当医の診察室へ乗り込んだ。いままで通っていた院長先生のお弟子さんというだけあって優しく接してくれて私の新しい病院への不安というものは完全に消え去った。

 軽い自己紹介と世間話を交わし、その後の20分くらいの診察の後、笑顔で「これからよろしくお願いします」という言葉を送り、お母さんと揃って診察室を出た。

 お母さんは車を取ってくるからといって先に行ったが、私は待てない。なに、いつものことだ。行きの道はさすがに目が見えないため誰かのサポートなしでは辿りつくことはできないが、帰りの道は頭が方角と距離と歩数を記憶している。障害を持つ人間は何かの能力が秀でることがよくあると言われるが、どうやら私はこれらしい。歩幅が常に一定で、頭の中で自分がどのように歩いてきたかが頭の中で辿れるのだ。お母さんの言葉を借りるなら脳にGPSがついてる、らしい。GPSがどういうものか見たことがないからあまり実感がわからないが、地図上を自分が歩いて、曲がり角の存在も認知できる、そんなところは一致していると感じる。

 基本不自由はしていない。

 お母さんも私に対し心配してくれているが、過度な保護や同情はかけない。それが私にとってなによりの愛情だ。

 そんなことを考えながら病院の廊下を軽快に歩く。周りの人からは普通の人のように見えているのかな。変な風に思われたりしてないかな。

 歩くこと約3分、病院の入り口までたどり着き少し待っていると、お母さんの声がした。

「まーた、あんたは相変わらずね。中で待っててもよかったのに。寒いでしょ、ほら菜々」

 頭にふわふわしたものを乗せられる、ストールだ。

「だーって、することもないんだもん」

 明るくそういうとお母さんはクスッと微笑み、私を車まで導いた。

 優しい先生でよかったな。安心した。

 安堵したのと、車内に注ぐ太陽の暖かさに負け、私はうとうとしながら眠った。

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