微かに吹く風:零・ZA・音編
同じあらすじと登場人物で書こうという小説の第五弾。「グループ小説」で検索すると今までの小説を見る事ができます。是非、ご覧下さい。
爽やかに吹き抜けていく風は、緑の匂いを残して過ぎていく。
空からは眩しいくらいに輝いている太陽の熱が、これでもかというくらいに降り注いでいた。
しかし、ここは森の中―――その暑さも幾分かは和らいでいる。
「暑いよ…啓」
「少しは涼しいだろ。直射日光を受けるよりは…」
「それは屁理屈と言うものだよ…啓君」
「気色悪い呼び方をするなよ…真子」
指をチチッっと揺らして俺を見ている真子だが、どこの探偵気取りだろうか…。
森の中を歩く俺達の他には誰もいない。ここは神社の裏にある小さな山。
あまり人が出入りしないが、たまに山菜取りなどに入っていく人を見かけるくらいだ。
「うぅ〜…これなら部屋でエアコンにあたっていた方がいいよぉ」
「あのなぁ…お前が言い出したんだろう。裏山に涼みにいこうって」
「そうだけどさぁ…」
項垂れている真子は、トボトボと重い足取りでユラユラと歩いていた。
どう見ても危ないのだが、大丈夫だろうか…。
「よしっ!、この先に小川行こうっ」
「いきなりだな…」
急に元気になった真子は、駆け出しそうな勢いで前を歩いて行く。
「いいから行くよっ!ほらっ、早くっはやくっ!」
「はいはい…」
それについていく俺も俺だけど…。腐れ縁だから仕方ないか…今更の事でもないし…。
ズンズンと歩いて行く真子だが、急に立ち止まり一言―――
「暑いっ!」
振り向きざまにそう言って、スカートを翻してまた歩いていってしまった。
もう勝手にしてくれと言う気持ちで、俺は後を付いていく。緑の小道をマイペースに進んでいく俺と
忙しなく進んでいく真子。そんなに急ぐと絶対にバテると思うのだが…。
まぁ、本人がそれをしている訳だから俺がとやかく言う事ではないけど、バテると後が大変なんだよ…俺が。
そんな事を考えながら歩いていると、視界が開けてきて一気に光が差し込んできた。
眩しさに目の前が真っ白になって、次に聞こえてきたのは水の流れる涼しげな音だった。
「遅いよぉ〜、啓」
早速、小川のほとりで足をつけて遊んでいる真子が、少し膨れっ面を下げて俺を見ていた。
「お前が早いんだよ…ったく、そんなに急いで行く事ないだろ」
「だって、暑いんだもん。少しでも早く涼みたいのは人間の性だよ」
「かなり大きく出たもんだな…」
「あぁ、もうっ!ウダウダ言ってないで座るっ」
ビシッと指差して俺を睨みつけていたかと思うと、いきなりニッコリと微笑んで隣に座るように促してくる。
どうにもこのギャップには、未だに慣れないがどうしても逆らえないのだ。
これも―――あれなんだろうか…主従関係?そんな訳ないか…。
あれやこれやと考えてもしかないので、俺も同じように水面に足を入れて涼を楽しむ事にした。
「気持ちいいねぇ…冷たくて、ひんにゃりで―――」
「ひんにゃり…?」
「ひんやりの最上級っ!」
「意味わかんねぇよ」
そんな俺の言葉など、またくと言っていいほど聞いては無い。楽しそうに足を水面につけては揺らしている。
いつものやり取りといつもの光景。これがいつまで続くのかは分からないけど…。
その光景は夏の茹だるような暑さの中でも、どこか涼しさを運んできてくれるものだった。
「ねぇ…勉強、進んでる?」
ぼんやりとその光景を見ながら考え事をしている俺を、現実に戻すような質問を浴びせてくる。
「んっ…まぁまぁかな。夏休みの宿題はもう少しで―――」
「そうじゃなくて…受験勉強の方だよ」
「そっちか…まだ何もやってない」
その言葉に何とも言いがたい表情をしている真子。
俺達は今年、受験生だ。夏とはいえ、本来なら遊んでいて言い訳でもない。
まぁ、今まで勉強していたので、今は息抜きの最中な訳だけど…。
「啓は、どこの高校受けるの?」
「んっ…まだ決めてない」
「のんびりしてるね…大丈夫なの?」
「たぶん―――そう言えば、真子はどこを受けるんだ?」
ビクっと肩を震わせて俺と目を合わせようとしない真子。なんか聞いてはいけない事を聞いたのか?…俺は。
「私は―――私も、まだ決めてない」
「決めてない―――って、大丈夫なのか?っておいっ」
そう言うと俺を睨んでプイッとソッポを向いてしまった。なんで怒ってるんだ…?
真子は、こう見えても頭がいい―――順位で言えば、真子は学年トップ10に入っている。
一応…俺もそれなりの頭を持っているが、それでも真子に追いつくのはかなり苦労している。
真子の成績なら、本来はどこの高校でも大丈夫だろう…それにしてもなんで決めてないんだ?
もう直ぐ夏休みを終わりに近づいて、二学期になれば受験生はいやでも、勉強漬けの毎日だ。
それが嫌で、決めてないとか?…そんな訳はあるはずがないか。
「決めてない人に言われたくないよ。―――って、一応、候補はあるよ」
そう言って、俯き加減にぼそぼそと囁くように話し出した。
真子の行きたいと言っている高校は、近県では一ニを争うほどの進学校。真子の成績なら大丈夫だろうが
俺の成績では、ちょっと厳しい。受かるかはギリギリのラインだろうな…。
「すごいじゃないかっ!―――ちゃんと考えてるのなら、先にそう言えよ」
「でも今の成績じゃギリギリなんだよね。私の成績だとね」
「私の」をかなり強調して言って真子は、俺をみて何かを待っている。
「じゃぁ、頑張って勉強しなくちゃな」
しかし、俺の言った事が気に入らないのか、真子はため息をついて―――
「なんで、気づいてくれないんだろう…この馬鹿は」
思いっきり馬鹿にされてしまった。
「失礼な奴だな…お前は」
「啓に言われたくないよ」
それから、また足をユラユラと水面で遊ばせていた真子は急に顔を上げて俺にこう言った。
「ねぇ…啓」
「んっ…?」
「もし…啓が私と一緒の高校に行けたら―――どうする?」
そう聞いてきた真子の顔は、何かを期待している―――そんな表情をしていた。
「俺が?…真子と一緒の高校に?―――無理だろう。今の成績じゃ、とてもじゃないけど…」
「はぁ…どうしてそうなのかなぁ、啓…」
落胆の表情をにじませて、首を振っている真子は遠くを見つめるように目を細めて―――
「―――くらい言えないかな…この朴念仁は」
俺に聞こえるか、聞こえないかと言うくらいの声で囁いていた。
その顔は、どこか分かりきっているという顔をしている。長い付き合いだ―――今更、隠し事もないだろう。
お互いに知らない事など無いくらいに知り尽くしているからこそ、聞けない事も言えない事もあるものだ。
例え、今囁いた事が風に乗って、俺の耳に届いていたとしても―――
「帰ろうか…真子」
「なんでよ?…もう少しぐらいいいじゃない」
「勉強しなくちゃいけないだろ」
「急に真面目になったね…啓」
呆れたように俺をみている真子だが、その顔はいつものように笑っていた。
俺はこの笑顔が好きだ。もう何年も前からそう思っていた…一人の女の子として―――だ。
本当は、高校も決めていないわけではない。真子と一緒の高校に行きたいと考えていた。
でも、それを当の本人に言うのはひどく恥ずかしい。何もかも見透かされているようで…。
この先も、俺は真子と一緒にいたい…何年も、何十年も―――緒に…。
「あと三年…腐れ縁を続けるんだろ?」
「えっ…?」
言っていて恥ずかしくなった俺は、足早に立ち上がり歩き出した。
それを見ていた真子も、目をパチクリとさせていたが言葉の意味を理解したのか―――
「そうね…あと三年、幼なじみ続けるのもいいかもね。その後は―――」
「その時決めればいいさ…」
嬉しそうに微笑んでいた。
照れ臭そうに俺の隣に立ち、一緒に歩き出した真子に…
「嬉しい―――だろ?」
さっき聞こえた囁きをそのまま返したら、恥ずかしそうに俯いて―――
「……バカ」
そう言って、そっと手を握ってきた。