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 7 非常識の基準

 

 雨が降り続いている。なんだか肌寒い空気だが,それすら吹き飛ばす太陽の微笑み。

 

 「河村さん」

 

 エクボが可愛らしい。今日も黒髪はツヤツヤ。健康的なピンクの唇は小さくおにぎりを頬張る。

 あぁ,その白い歯にノリをつけて笑っても俺は許す!


 「河村さん」


 焼きそばパンのラップを外しながら声をかけてみるが,穏やかな微笑みは変らず。

 潤んだ大きな瞳から放たれた視線は,俺を張り付けて動けなくする。

 それでも聞くぞ。恐る恐るだけど。


 「あの,何か,俺の顔についてるかな」

 「いいえ。何も」

 「や,でも,ずっと俺の方見てるから」

 「大丈夫ですよ。児嶋くんは食べてて下さい」

 「でも」


 可愛い河村さんの前で,俺は大口あけて焼きそばパンを食べるのか?

 恥ずかしいぞ。当たり前の動作も,ぎこちなくなる。

 いや,ひょっとして。


 「河村さん,今日こそ焼きそばパン食べたかったとか」

 「いいえ」

 「じゃあ,プリン? 」

 「購買で買ってきました。いつも児嶋くんが美味しそうに食べてるから,欲しくなっちゃいました。お揃いですね~」

 「……い,いや」


 言いかけて,口をつぐむ。

 何で俺の顔を見て昼食なんだ。

 あれから,昼放課は部室でランチが定着していた。俺は河村さんと二人っきりだし,静かに食べれるし,大歓迎。でも,少々変った嗜好が明らかになってきていた。

 河村さんは,ニコニコと俺の顔を見て食べているだけだ。

 一睨みで子供を泣かせる俺の顔を見て上機嫌な河村さんは,何か話題を振ってくる訳ではない。それは俺の役目。

 むしろ,あまり会話を好んでいないようで。会話のキャッチボールはしばしば壁打ち状態が多い。

 河村さんは,上品に昼食を楽しんでいる。俺の顔を酒の肴のように鑑賞しながら,昼食を楽しんでいる。

 自分でいうのも何だが,そんなに消化のいいものではないので如何なものだろう。

 不自然なほどの視線を頬に感じながら,黙々と焼きそばパンを咀嚼し続けた。

 本格的に降り出してきた雨音に耳を傾けて。





 「帰りまでに雨が止むといいね。遅くなると,暗くなりそうだ」

 「そうですね。児嶋くんも最近遅いですね。部活,どこに入部したんですか? 」

 「まさか。今更入ってもね」

 「でも,帰り一緒になる事が多いですよね」

 「図書委員の当番してるんだ」

 「あぁ,フィン先生が最近は図書室が開いて嬉しいって言ってました」


 あの妙な英語教師だな,うん。

 苦笑いして階段を下りていく。もうすぐ昼放課が終わる。癒しの時間が終わる。

 顔だけが好きと言われても。それでも俺は一緒に飯を食うわけで。

 嬉しい反面,虚しさもあり。


 「私も図書室行こうかな」

 「いつでも大歓迎」

 

 湿っぽい階段を下りながらも,心は一転して初夏の陽気。カラリと晴れ渡った青空だ。

 例え会話が壁打ちであろうとも,構わない。

 思わぬ展開に,いつもは足が重くなる階下への歩みも軽やかだ。天界から地上に堕ちる気分も吹き飛ぶ。

 いつもは退屈でもあり珍客や怪奇現象に悩まされる当番だって,心躍る。

 あぁ,静かな図書室で二人っきり。

 河村さんは何を読むのかな。好みは何だろう。伊坂幸太郎とか,北村薫とか? いや,思い切って桐野夏生とか。三島由紀夫? い,いや,渋く司馬遼太郎とかかも。予想の斜め上の江戸人情モノを読んだりとか。泉鏡花なんか読んでたら,俺どーしようっ。

 

 「児嶋くん? 」

 「は,いや,何でもないよ。その,河村さんはどんな本読むのかな」

 「うーん。どんな本が面白いのかなぁ。児嶋くんのオススメ教えて」

 「俺のオススメ? じゃあ,ドラマの原作本とか」


 何か会話が恋人同士っぽい。会話のキャッチボールが順調だ。これはいい兆候だ。

 さりげなくドラマや映画の話に移行させて「今度映画観に行こうか」とか誘える絶好のチャンスじゃん。

 表面はさりげなさを装い,内心は心臓が飛び跳ねそうなアップテンポ。

 落ち着け自分。転機到来だ!

 急激に乾きだした喉元に無理やりつばを飲み込んで,デートの誘いをする為に息を吸い込んだ,途端だった。

 踊り場に差し掛かった俺達の前でゴミ箱がコケた。

 いや,正確に言うと。

 踊り場の壁面に備えられた等身大の鏡の中から,ゴミ箱が飛び出してコケた。

 教室の後方に置かれている薄汚れて凹凸激しいゴミ箱に,毛むくじゃらな小さな手足が生えていた。

 そいつはコケた拍子に踊り場に散乱してしまった自分の中身から出たゴミを,慌てふためいてかき集め始める。そして慌てれば慌てるほど,体を前屈させるほどに,中身からゴミは零れてしまう。紙切れ,パンやコンビニおにぎりのフィルム,プリント,菓子袋,ティッシュ。

 

 「……落ち着け,おい」


 思わず声をかけてゴミを入れてやる。

 何とも間抜けなソイツは俺が声をかけた事にゴミ箱の体を震わせたが,ゴミを入れてもらえると理解した途端に大人しくなる。

 

 「大丈夫? 落ち着いた? 」

 

 河村さんも踊り場に散乱したゴミをかき集めて入れてやり,手足の生えたゴミ箱を撫でている。

 

 

 

 作中に泉鏡花が云々…とありますが。別に女子高校生が読んでいてもOKです(笑)。例えであり,そこはどの作家名でも構いません。お好きな作家を入れて楽しんで下さい。


 次回は6月8日 水曜日に更新予定です。

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