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  5 木魚でロールは禁止です

 「噂だぞー。すんげー噂だぞー」

 

 大塚の声が本当に嬉しそうだ。

 

 「河村が本当に転校生と付き合いだしたって,噂だぞー」 

 「だから,何でお前が嬉しそうなんだよ」

 「伊藤先輩が怒ってるって噂だぞぉ」

 「人の不幸を喜んでるんじゃねぇよ。っつーか,何するんだお前」

 「練習よ,練習。教科書貸せ」

 

 俺の承諾も得ずに,机の上に置いておいた教科書を勝手に取り上げる。

 朝のHR前,騒がしい教室で動き回るクラスメイトを眺めながら窓辺にもたれかかる。

 ここは旧館三階。落ちたら痛いだろうな。 

 昨日の自分と同じ顔したアイツの行動に,気が塞ぐ。

 変なもの,見ちゃったよ。あれが幻であっても,幽霊であっても嫌なもんだ。

 そんな俺の横で,大塚は楽しげに何かを準備しだす。

 

 「それより児嶋,吹奏楽部に入る気ない? 」

 「……楽器,やった事ない素人が高校からやって出来る訳がない」

 「そりゃそうだけど,河村と一緒の時間が増えるぞ」

 「河村さんは関係ない」

 「そこを何とかさぁ」


 おもむろに大塚はカバンから木製の棒を二本と,小さなデジタル機器を取り出す。

 

 「吹奏楽部,男が俺だけだからさぁ」

 「うん? 」

 「力仕事の時に酷使されるんだよなぁ」

 「は? 」


 巨大な箸のような棒を一本ずつ持ち,『構える』

 デジタル機器が,一定のリズムで小さな電子音を鳴らしだす。


 「今度のホール練習の時に楽器運びだけでも手伝ってくれないか?」

 「……大塚,お前,ひょっとして」


 嫌な予感がする。

 俺の教科書を棒でリズミカルに叩き始めたスキンヘッドを思いっきり平手打ち。

 高らかな音が賑やかな教室に響き渡る。

 

 「人の教科書をドラムの代わりにするんじゃねぇ! 」

 「俺のボコボコだからさぁ」

 「家でやれ! 寺だから木魚ぐらいあるだろ! 」

 「家でドラムを禁止されてんだよぉ。せめて学校で練習させろよぉ」

 「まさか,お前が吹奏楽やってる理由って」


 俺があんぐり口を広げた横で,隣の席の浅田が笑う。糸目がさらに細くなり,人相がよくなる。


 「こいつ,家で叩けるのは木魚しかないし,しかも木魚叩き割ったとか」

 「叩き割れるのか?! 」

 「魂の連弾だぜっ」


 俺の古文の教科書が,情け容赦なく叩かれる。

 その乾いた音を聞きながら,浅田は爽やかな笑顔で俺に電子辞書を差し出してくれる。

 

 「家ではドラム禁止なんだってよ。ドラムあるのは学校の吹奏楽部しかないからさ」

 「……木魚の話は有名なんだな」

 

  寺の息子も大変らしい。

 リズミカルな連打を眺めながら,少しだけ同情する。そんな俺に浅田は人当たりのよさそな顔をしかめた。


 「でも,児嶋マジで気をつけろよ」

 「何が」

 「伊藤先輩と河村の事だよ」


 潜めた声に,電子辞書を開きかけた手が止まる。

 

 「どっちも人気があってさ。河村さんは群れたがらない人だけど,一方的に『好意を持って』噂を流したりする奴がいるんだよ」

 

 一瞬,俺の頭では意味が判らなかった。


 「伊藤先輩にいたってはさ,キャアキャア言ってる一年生の女とかさ」


 ようやく頭が解析を終える。つまりそれはあれか。


 「一方的な『信者』,みたいな? 」

 「みたいな。そのうち判るよ」

 

 判りたくねぇよ。


 「転校生が二人の仲を引き裂いてる,みたいな噂だよ」

 「俺が引き裂くも何も,河村さんは何も思ってなかったみたいだけど」

 「だから,『一方的な』考えを持った『信者』だよ。伊藤先輩はどうだか知らないけど」


 どちらかといえば。

 伊藤先輩は『信者』に色んな事を言いそうな印象を持つ。少なくとも,俺は気に入られてない視線だった。


 「俺はひっそりとした学校生活を望んでるんだけど」

 「それは『信者』に言ってあげなよ。でも,児嶋が平和主義者でよかったよ」


 よかったのか? 何がよかったのか判らないぞ。

 俺は知らぬ間に複雑な人間関係の渦に巻き込まれているようなんだけど。

 大塚の奏でる連打が,忍び寄る苦悩のように追い詰める。

 冗談,キツイ。


 「はーい。着席しろよー。大塚,練習終われよー」

 

 先生の入室で,慌しく席に戻りだすクラスメイト達を視界に入れながら頬杖をつく。

 視界の隅に,昨日の黒い子猫。

 新館へと繋がる渡り廊下の屋根で,大あくびをして尻尾の先まで伸ばして座り込む。

 暢気なもんだ。

 幽霊は見るし,複雑な人間関係に入り込んでしまうし。

 俺も猫みたいに気ままに行きたいよ。まったく。





 古文の授業は眠気を誘う。

 オカシイ。

 しっかり寝たのに午前中から眠くなるのは,俺のせいじゃない。古文という授業が悪いのだ。

 先生のせいじゃない。多分。

 意味不明に伸びやかに書かれた達筆の文字の羅列が,次第に霞みの向こうに消えていく。優雅な古の世界へトリップする。

 やばい。寝る。マジ寝る。

 しょうがない。成長期だ。先生,おやすみなさい。

 シャーペンを持ったまま,プリントの端をつまんだまま,ゆっくりの船を漕いで夢の世界へ旅立ちかけた時だった。

 

 「……」


 聞き慣れない音で,霞みの向こうから戻された。

 チョークが黒板を叩く音ではない。単調な徒然草の解説ではない。

 整然と,一定のリズムをもって刻まれている音。

 大塚のドラムかと一瞬思ったけど,授業中だ。寝ぼけ眼で前方の大塚の後姿を確認すると,しっかり船を漕いでいる。

 じゃあ,この音はなんだろう。

 頭が次第に覚醒してきた。

 俯いて,起きているか寝ているか判らないクラスメイト達の向こうから聞こえる音。

 黒板に向かい助動詞を書いている先生の,その向こうから聞こえる音。

 横の浅田は,黙々と板書してるから,聞こえてないのか。

 幾人もの人間が,砂利を踏みしめて歩いてくる音がする。

 黒板の向こうにあるのは,隣の教室。その隣は,校舎の壁だ。

 音は次第に大きくなっていく。増えていく。近づいてくる。

 聞こえているのは,俺だけなのか。座る椅子から動けない。くっついたように動けないまま,近づく何かを感じる。

 生唾を飲み込んだ,そして目の前に現われた光景に固まった。

 

 



 


 

  

 

 すみません。いつも朝の8時なのに…(汗)。

 次回は25日水曜日に更新予定です。いえ,予約しておきます…。

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