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 3 いーじいさんは異人さん

 一重の目は,はっきり言って目つきがやや悪い。切れ長だといえば,聞こえがいいかも知れないけど。

 黙って窓ガラスに淡く映る自分の顔を見る。あぁ,駄目だ。無表情だと余計に人相悪い。悪すぎる。こないだ電車の中で視線が合った子どもが泣いたのは,顔のせいだ。絶対に。

 だから,信じられない。


 「俺の顔,カッコイイなんて絶対なんいんだよ」

 「……ほう」

 「だから,顔が好きって言われても信じられねー」

 「ク,クール系とか……チョイ悪系とか? 」

 「どもって言っても説得力ねぇし。疑問系で言われても哀しいし」

 「だよな。でも,ある意味当たり前かもよ」


 図書館のカウンターに突っ伏した俺は,冷たい木に頬を押し付けたまま大塚の言葉を追う。


 「転校して2日で告白だろ? 性格とか人柄で好きって言う奴より信用出来る」

 

 それはそうだけど。

 

 「それより何だ。児嶋は何で河村の言葉にショック受けてるんだよ」

 「ショック? 」

 「顔が好きって真面目に言われてショックだったんだろ? それって裏返せば自分の内面を見てくれって事じゃん。好きになって欲しかったんだろ」

 「ばっ,馬鹿な事いうなよっ」


 そんな事はない。断じてない。

 飛び起きてカウンターを一発平手打ち。


 「なら,何で俺の所で愚痴を言っているんだよ」

 「愚痴じゃねーしっ。俺も大塚と同じ図書委員に入ったからここにいるんだしっ」

 「そういう事にいといてやるよ」

 「愚痴じゃねーし」


 放課後の誰も来ない図書室に,俺の叫び声が響く。

 南館の4階にまで昇ってくる物好きは珍しいようで,人影のない図書室に春の日差しが注いでいる。僅かに赤みが入った光は,夕暮れが近いことを知らせている。

 規則正しく並んだ机の列を眺めて,も一度カウンターにうつ伏せて頬をつける。

 しかし,大塚には叫んだけれど。

 頬を赤らめて「顔が好き」と言った河村さんは可愛かった。

 それは認める。

 俺を真っ直ぐみて「顔が好き」。

 「好き」

 ……いいかも。いいのか。いい,か。


 「スミマセン」

 「はい? 」


 大塚と自分しかいないと思っていたのに,いきなり他人の声が聞こえて慌てて飛び起きる。

 カウンターの向こうへ向いた俺の体が硬直した。

 満面の笑みを浮かべた金髪蒼眼の異国人が,そこにいる。


 「おおつかクン,ホン,アリマスカ」

 「フィン先生,今日も寺関係ですか? 」

 「モチロンデス。テラ,ウツクシイです」


 大塚はスキンヘッドを光らせて歩いていく。春の日差しの中,本棚に向かって歩く大男は,間違いなく金髪で青い目だった。

 片言の日本語が聞こえる。幻聴であってくれ。幻覚であってくれ。

 そんな俺の祈りを無視して,大男はにこやかに一冊の本を取り出して戻ってくる。


 「ホンカイマス」

 「……は? 」


 にこやかに貸し出しカードを出され,ようやく自分の立場を思い出す。

 そうだ。図書委員にとりあえず所属したから,その当番をしていたんだ。

 幻覚では,なかったようだ。

 青いストライプのシャツにネクタイ。少なくとも生徒ではない。


 「アナタ,シッテマス。チンニュウシャデスね」

 「ちんにゅう……」

 「ガコウ,ナレタデスか? 」


 転入生,と言いたかったのかも知れない。

 好意的に受けとめ,震える手で貸し出しカードを受け取る。

 にこやかに片言の日本語を話す彼は,「永平寺の日々」と印字された写真集を借りるようだ。


 「クラブ,ナニシタ? 」

 

 命令調に聞こえるが,質問文だろうと前向きに解釈。


 「いえ,二年ですから,部活に入る気はありません」

 「モタイナイ! スゴク,モタイナイデスね! 」

 

 誰か,誰か来てくれ!

 カードをスキャンして『貸し出し』をクイックして,左手で右手を強く握った。

 そうでもしないと,震える指に気づかれそうで。

 体中の毛穴が拡張する。脂汗が,背中に大量発生するのを感じる。体中の血が固く凍りだす。


 「ゼヒ二,ハイルベキデスね! セイシュン,オワル。ダメデスね。太陽に向かって吼えろデスね! 」


 太陽に向かって吼えろ,だけ完璧な日本語で発音する。

 この人,変だ。凄く変だ。

 頭の奥で歌詞がエンドレス。童謡「紅い靴」がエンドレス。

 異人さんに連れられた女の子は,どうなる。どうなる。どうなる。

 

 『フィン先生。フィン先生。至急職員室までお戻り下さい』

 「OH! 呼び出しデス」


 ハリウッド俳優のように肩を竦める仕草をして,フィン先生は手を振った。

 

 「おおつかクン,オススメ,アリガトウ。デハ,オマタ」


 不可解な日本語で別れの挨拶をして去っていく。

 何だ,あれは。


 「英語のフィン先生だよ。まだ見たことなかったっけ」 

 「ない。ないっていうか,先生? 」

 「カナダの姉妹校から交換教員で来てるんだよ。知らなかった? 」

 「……姉妹校」

 「交換留学生で何人か生徒もいてさ」

 

 という事は,何だ。

 この学校には異人さんが何人もいるという事か?! そうなのか?!

 背筋が固まる。硬く硬く固まっていく。

 

 「じゃあ,そろそろ俺は部活にいくから」


 大塚が能天気に宣言して,カバンを持ち上げる。俺は反射的にそのカバンに飛びついた。


 「待て! 待て! 行くなっ」

 「何だよ児嶋っ」

 「お前が行ったら俺一人で当番するのか?! 」

 「もう貸し出しの手順は判っただろ?! 」

 「電源の切り方が判りませんっ」

 「嘘つけ! 教えなくてもパソコン起動してただろ! 」

 「え,えーと,施錠の方法が判りませんっ」

 「ゼッテー嘘だろそれ! 」

 「異人さんに連れられちゃうっ」

 「いい加減にしろよ」


 カバンを振りほどかれ,俺は萎れたチューリップのようにカウンターに身を投げる。

 あぁ,俺はどうすればいいんだ。

 雨の日に棄てられたズブ濡れ子猫のように,潤んだ瞳を大塚に向けるも無視をされる。

 だよな。子どもが泣くような目つき悪い俺が潤んだ瞳をしても気味が悪いだろう。


 「パソコンの電源落として,窓閉めて,ドアを施錠して,鍵は職員室に持って行けばいいし。じゃあ,俺は部活行くからな」

 「大塚ぁ」


 非情な大塚は,振り返りもしないで扉の向こうに駆けて行った。

 図書室に残されたのは哀れな英語恐怖症で異人恐怖症の,俺一人。


 

 

 次回更新は5月18日 水曜日の予定です。

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