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 2 『顔』だけですか

 焼きそばパンと,プッチンなプリンを持って溜息をついた。

 デジャヴ。


 「よかったら,一緒にお昼食べない? 」

 

 気品ある微笑み。健康的に輝く頬に愛らしいエクボ。肩から零れる艶やかな黒髪。

 昨日,俺の首を締め上げた手には紅白の市松模様のランチバック。

 購買部前の階段踊り場で,小さなドヨメキと息を潜める気配。

 

 「誰か,先約でもある? 」


 上目遣いで,そう問う仕草は決っている。恐らく,そうやっていくつもの難題を解決してきたんだろう。

 わざとなのか,無自覚なのか。


 「昨日の返答とか,そういう訳じゃないんだけど……よかったら,どうかな,なんて」


 気のせいだろうか。俺が返事も出来ずに立ちつくしていると,彼女の頬がどんどんピンクに染まっていく。

 真っ直ぐに俺を見て誘ったのに,俺が見ている間に挙動不審になっていく。

 視線はだんだん空を彷徨い,ランチバックを持った手を上げ下げして。

 

 「でも,でも児嶋くんの都合とか予定とかがあったら,その」

 「予定,ないよ」


 自信満々だった彼女が顔を赤らめて萎れていく様子が,何だか可愛らしくて。とても放って置けなくて。

 思わず返事をしてしまった。

 とたんに耳まで紅くなっていくのが見れた。

 面白いな,この子。


 「じゃ,じゃあ。とっておきの場所を教えてあげるね」

  

 満面の笑み。お花みないな子だな。

 不可思議な出会いだったけど,これはコレでいいのかな。

 そう思って彼女の背中を見て思った途端だった。

 目の前に立ちふさがる壁。



 「河村さん,昼休みに悪いんだけど今度の試合の件で」

 「あ,伊藤先輩」


 河村さんの目の前に,俺より頭一つは大きい男。

 日に焼けた赤銅色の顔が笑い,真っ白な歯が輝いた。

 

 「ひょっとして,応援演奏の事ですか? 」

 「そう。考えてくれたかな」

 「それ,出来ないって返答したはずですけど」

 「今年は県大会ベスト4入ってる。決勝戦も狙える。注目度高いから損はないよ」

 「ウチの吹奏楽部も地方大会金賞を狙っているんです」

 「決勝戦はTV中継されるよ」

 「ウチの部も知名度はありますから,困っていませんし。ごめんなさい」

 

 軽く首を傾げて謝っているようだが,声色に誠意が全くこもってない一本調子。

 これは,建前ってやつだな。こういう事もするんだ。

 目の前で繰り広げられる寸劇のようなやり取りを眺めていると,唐突に強い視線を投げられた。

 伊藤先輩と呼ばれた男の,レーザービーム視線が傍観者の俺を貫く。

 何か,悪い事したのか?


 「じゃあ,お互いベストを尽くしていきましょう。失礼します」

 「気が変わるの,いつでも待ってるからね」


 駄目押しのような言葉に,河村さんはニッコリ会釈をして振り切った。

 反面,伊藤先輩という男の視線が俺を射抜いていく。

 何か恨みでも買ったのか? そうなのか?

 心なしか,周りからの雰囲気も微妙に冷気が漂った気がする。

 これも気のせいなのか? 

 何も判らないまま,軽やかに階段を昇っていく河村さんを追いかける。

 スカートから伸びる白く眩しい足が悩ましい。





 眩しい陽の光が注ぎ,光の柱のように何十もの譜面台が立ち並んでいた。

 どこか,オイルの匂いが漂うその部屋は甘く暖かな空気に満たされている。

 新館の最上階東端の教室に案内した河村さんは,歩調を落とさずに譜面台の林の中を歩いていく。

 

 「吹奏楽部の部室へようこそ」

 「あぁ。河村さん,吹奏楽部の部長さんだったっけ」

 「そう。ここは特等席なの。暖かいし,明るいし,見晴らしはいいし。遠慮しないで」

 「い,いや,その」

 「パーカッションの所から裏を通れば大丈夫」


 俺が譜面台の林に入れずにいることに気づいた河村さんは,指揮台で腕を回した。

 まるで指揮者のような動き。そして俺は,演奏者のように指示を守って身を縮ませてドラムの後を細心の注意を払い歩いていく。

 デカイ木琴,樽のようなティンパニ,落とせば雷のような音を轟かせそうなシンバルが鈍く光っている。


 「紅茶と緑茶とアイスコーヒー,どれがいいですか? 」

 

 木魚が置かれた椅子の後を切り抜け,唐突な言葉がかけられる。

 「緑茶」と何も考えずに答え,ようやく周りを見渡す。

 指揮台の後ろにある窓際に市松模様のランチボックスが置かれている。そこから二歩ほど離れた窓際に腰掛ける。

 何だかカウンターのようでちょうど良い。

 

 「秘密の場所へようこそ,です」


 目の前に禄茶を満たした紙コップを出され,思わず受け取ると手の平に冷たさが伝わる。

 悪戯が成功したような笑みを浮かべた河村さんが,視線を部屋の奥へ投げかけた。

 楽器が並べられた棚の横に,年代物の小さな冷蔵庫が鎮座している。

 どうやってココに上げたんだ。

 そんな疑問を感じながらも,苦笑いと共にお茶を頂く。

 開け放たれた窓から,爽やかな風が吹き込んできた。

 四階から見渡す校内の絶景。聳え立つ時計台の文字盤が目の前だ。

 古めかしいローマ数字に絡みつく蔦の葉が,思いのほかに輝いていた。


 「すごく,景色がいいね」

 「はい。ここなら,素敵かなと思って」

 「こんな特等席,俺に教えてくれていいの? 」

 「児嶋くんだから」 

 

 焼きそばパンのラップを剥がしていた手が止まる。

 思わず顔を上げると,にこやかに頬を赤らめて微笑む河村さんが宣言した。


 「児嶋くんの顔,好きなんです」

 

 顔。顔……?


 「顔が好きなんです」

 

 



 

 

 


  


 

 次回の更新日は5月11日 水曜日です。


 

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