第44話 みっともねぇ
「苦しそうだけど大丈夫か?おぶろうか??」
立ち止まって空を見上げていたオレを心配してセリセリが声をかけてきた。
「ははっ・・・大丈夫だぜ~。・・・空ってよ、広いなぁ~って、な。
この前現れた白くてでっけぇフクロウの言ってた・・・山、ってのはアレだろうな。なんかよ、やっとだな!あの山を越えれば、ようやく女神様に直接会えるんだぜ!?・・・結構、かかっちまったな」
女神に「魔王になれ」と言われたあの日からざっと二年は過ぎちまった。その旅の間色々な事を観させられてきた・・・。
魔獣に怯え生贄を捧げつづける村・・・
国家間でいがみ合い殺し合う者達・・・
麻薬に犯され狂った者達の住まう掃き溜めのような街・・・。中でも貧困に喘ぎ、我が子を手にかけなければならなかった母親の、安堵と悲痛の入り交じった顔は今もオレを苦しめる。
こうして集めたアザは全身に広がり首元のリッチェのスカーフのあたりにまで届こうとしていた。
たまに自分が今なにを言ったのか、なにを食べていたのか、どうやって歩いていたのかが判らない時がある。こいつはいよいよか?
白いフクロウが突然現れ「女神への謁見が許された」と告げられた事からも、まあ、そういう事なんだろう。
オレが“魔王”になることは、セリ達には伝えていない。リンも女神に乗り移られていた間の記憶はない。それでいい。苦しむのはオレだけで充分だ。
どうやらオレは、過去に一度死んだ人間らしい。世を憂いた女神がこの世界の苦しみを集める為に黄泉がえらせた器、それが、オレだと。だから二度と死なないのだと。この事はハインツも知らなかった。
知らなかったといえば、リンは只の竜ではなく、女神が自分の鱗を使い“自由の心”を具現化した竜なのだそうだ。・・・ははっ・・・あの食いしん坊で気が短くて焼きもちやきで、オレと喧嘩ばっかりして、ちょっとマヌケで、オレの相棒の・・・家族の・・・リンが・・・女神の心だってよ・・・笑わせるぜ。
当の本人がその事を知らないのが救いだ。
女神のヤツ、こっそりとリンの目を通してオレを監視していたのだとよ・・・。
いつまでも動かないオレを・・・何かのはずみで使命を忘れてしまったオレを焚きつける為に・・・ああ・・・リッチェ!!
彼女は女神によって殺されたと言ってもいい!
「まさか殺害するとは思いませんでした」
だと!?ふざけるのも大概にしろ!
・・・しかし今思えば悪意を吹き込まれリッチェを殺害した名も知らぬエルフも、あの女神の犠牲者なんだよな・・・。だからといって許す事は出来ねぇがな!
例え女神がこの世界の創造主であったとしても、だからといって何をしても許される訳じゃ無え!
オレは心の底から、女神が憎い!!決して許さない!!魔王になんぞ身を落とすかよ!!
そんなオレを見透かしたかの様に対価を提示してきやがった。
「魔王となることと引き換えに彼女を黄泉がえらせましょう」
オレは即座にその案を飲んだ。女神の加護の元、七人のヒト族の英雄が女神の使役竜ハインツと、それに従う七匹の子竜が魔王を討つ、という筋書きで要するにオレは女神信仰を確固たるものにする為の当て馬だ。
だがオレの身ひとつでリッチェが生き返るなら安いもんだぜ。一緒に暮らしたいって夢は叶えてはやれねぇが、お前さえ生きていてくれるならオレはそれでもいい!!
リッチェ・・・お前さえ迷惑で無ければ、オレは心の中で生き続けるぜ?たまに、思い出してくれればそれでオレは救われるんだ。
「・・・イ・・・ルイ!ねぇ、ホントに大丈夫??ぼぅっとしてるよ!?麓の街まで歩ける?やっぱりおぶってもらったら?」
「・・・おぅ・・・リン。悪ぃ!ちょっと感慨に浸ってたぜぇ。大丈夫だよ、自分で歩けるっつーの!おぶってもらうなんてみっともねぇ事、出来っかよ!そんならオレは地面を這うね!イモ虫みたいによ!
お?それ、いいかもな!地べたを這えば、オナゴのオケツがいいアングルで♪イモイモ!」
「あー、もう、ほんとバカ!!イモ虫って言うよりキモ虫だよ!ほんとバカ!」
「ははっ!虫だけに無視出来無いだろ?」
「・・・行こ!!セッちゃん!大丈夫みたい」
「あっ・・・!待って~~!!」
実際あまり大丈夫とは言えなかった。特に右脚は酷い。地面を踏んでいる感覚が、無い。悟られない様に努めてはいるが、端の方から段々とオレの体じゃあ無くなって来ているような感覚だ。
「うわあ~。やっと着いたね~。僕、歩くの疲れちゃったよ!」
麓の街へ着くなりそう言いながら、オレの左腕にしがみつきぶら下がる様にもたれてくる。最近、リンの奴がやたらとベタベタして来やがる。もしかすると、コイツはコイツで何か感じることがあるのかも知れない。昔から勘は鋭いから思うところが在るのかもな。
「歩きづれぇよ、リン。オレだって疲れてんの!!くぉら!離れろ~」
「アハハハ。仲いいですね♪ご家族で観光ですか?よかったら、当店ティアマトでお食事などいかがでしょ~♪」
威勢のいい呼び込みに思わず腹の虫が鳴く。まだ夕飯には早いがどうせゆっくり飲みながらだ。造りも居酒屋っぽいし・・・丁度いい、ここにするかな。
「・・・食うか?」
「うん!飯にしようぜ!!」
「やった~~♪」「オイラ焼き鳥~!!」
聞くまでも無かったか。
「ね~、ルイ!!ご家族だってさ!ボクお嫁さんかな!?そう見えるのかな!ね?あ・な・た♡なんちゃって♪」
「どう見ても、お前じゃないだろ!どっちか、つーとセッちゃんの方だろが!!」
「うん?・・・えー、わたしー??え~~」
どっちなんだか判らない返事だが、オイデが睨みつけてくる・・・。
最近オイデは成長してヒトの姿でも話せる様になり(悔しいがイケメンだ)長く変化していられるから傍目には本当に家族の様に見えるのかも知れない。
とりあえずテーブルにつき、つまみになりそうなものから頼んだ。オイデとセリセリは飲まないから、初っぱなからかなりヘビーな料理を頼んでいた。
「んー、まあ、あの山を越えればいよいよ女神様とご対面~、となるわけだが此処まで来られたのも、ひとえに皆のおかげだ!
今日は、いっぱい食って、鋭気を養ってくれ!!飲み物持ったかあ!?
そんじゃ!かんぱ~い!!」
エールを振り上げた手からジョッキが落ちる。確かにしっかりと握っていたはずなのに・・・。
「ちょっとルイ~!大事なとこで何やってんの~!?ホント締まらないんだから!」
「わ~りぃ悪い・・・緊張しちったかな?ハハッ」
一瞬、意識がとんでいた・・・。おかしい、と思われる前にリンは酔い潰そう。
「あらためてかんぱ~い!!」「いっただきま~す!!」
各々が料理にかぶりつく。オレとリンはつまむ、飲む、つまむ、飲むとひっきりなしだ。ここの料理、中々に美味い。
「お待たせしました~。当店自慢の「大王イカ姿造り」です~。そちらの生姜ダレでお召し上がり下さい~!どうですか?当店のお料理は!あの山に住まうとされている女神『ティアマト』の名をいただいているだけの事はあるでしょう?まあ、住まうと言っても、伝説ですけどね~!お客様達も遺跡を見に来られたのですか~!?」
「ん、まあ、そんなとこかな。ああ、このエール、美味いね!!ジョッキ二つ、追加ね」
お膝元のこのあたりでも、やはり女神は伝説上の存在なんだな。
「ありがとうございまーす!!」
「んな!やひほり、ゴホンついか~!!」
口いっぱいに焼き鳥を詰め込んだままオーダーしたオイデのあたまをセリセリが「行儀悪い」と軽く小突く。その拍子にひとかけポロッと口からこぼれ落ちた。
「アハハハッ。オイデ、バッチぃ~~!!」
だいぶ疲れていたのか、珍しくリンがすでに酔っ払って来ているようだ。今なら箸が転がっても笑うだろう。
「なあ、ルイ!そのエールっての、私も貰おうかな!今まで飲んだときないけど、何だか飲んでみたくなった!うん!私にもくれ!!」
「お?・・・まあ、止めやしねぇが、飲まない主義だったろ!?いいのか?・・・あっ!こら!それ、オレの!!」
「いいの!此処まで来たし!そんな気分なのさ。うん!!それに、なんかあってもお前がきっと、守ってくれるしな!!だろ?」
予備で頼んでいたジョッキをのどを鳴らしながら一息で飲み干しちまった。これは・・・いけるクチなのか??
「・・・っかああ!!にっが!!・・・あ、れも口がさっぱりして華やからな!も~いっぱい!」
・・・なんか、ダメっぽい。いきなり呂律が怪しい。
「・・・なあ~、オイれ~~。聞いてくれよ~!此処まで来たのにさあ、いい男が見つからないんだよぅ~!ルイはさあ~、わらしと子作りの儀式してくんらいしさあ~」
黙々と焼き鳥を食べ続けるオイデの顔をもみくちゃにいじるものだから、変顔のオンパレードだ。これにはリンもゲラゲラと笑い転げヒーヒー言っていた。
「あ~はははっ・・・おなか・・・おなか痛ぁ・・・!オイデ、そんなんなってもまだ食べてるし!!ちょっともう・・・やめて~~!!」
「モグモグ・・・んナァあ!リン、酷いんでねぇの?ちっとくれぇ助けてくれても、いいんでねぇのかナァ!モグモグ・・・」
「ってゆいながら食べてるし~~!!」
しょうがねえ。援護射撃&燃料投下だ!
「この前のフクロウな、ありぁ会った事あるヤツじゃねぇのか!?前に森でよ~リンのヤツフクロウに喰われそうになった事があってな!?「ヒャ~~」とか言って必死に逃げてんの!!死なねぇのにさ!!「ヒャ~」だぜ??」
「ちょっとルイ!!やめて!?ボク、そんな声出してないモン!!」
「・・・何だよぅ。リンちゃんでも怖いのあんだぁ~~。うん!!かわいいぞぉ~~。頭ナデナデしたげるね~~!!」
今度はリンが標的になり髪の毛をワシャワシャにされている。
「ぷっ!んなハハハッ!リンも変な顔なあ!!」
「だな!!ワッハッハッハ~~!」
・・・あぁ、なんて楽しいひとときなんだろか!!昔はこれが毎日だった。それが、当たり前だと思っていた!
「ルイ!!聞いれる~~??」
「フナァ~~。ルイー。どこ行くんだあ?オイラひとりにしないでく・・・セッ、セッちゃん、それ食べれないナァ!!」
ワシャワシャに飽きたのか、またオイデに絡み酒のセリがお手拭きを食べさせようとしていた。うん、サシ飲みは避けたい系だな。
「・・・おう!チョイと放尿だ。排尿~!シルバー!!パカラッパカラッってか?」
酔っ払ったフリをして席を立った。
外は湿った空気が漂い、感覚の薄くなった体にねっとりとまとわりつく。
「ガンタンの街の在る辺りは・・・そろそろ祭りの準備の季節かな」
ふと、リッチェの住んでいた、ダイアン夫婦の店のある、あの街の風景が思い出された。
「ちっくしょう・・・。楽しいなあ・・・。
あいつらのお陰で上辺だけじゃ無く、本当に笑う事が出来るようになった!
これまでやって来られたのも、此処までたどり着く事が出来たのも、あいつらが居たからだ!お別れなんてしたくねぇ!・・・みんなが居て・・・そこにはリッチェも居て・・・ダイアンの店で・・・飲んで笑って・・笑って・・・。
ちっくしょう・・・やっぱ、死にたくねぇなあ・・・」
人生の終わりが目前に迫り、途端に未練が溢れて出て来る・・・。
煙る月を見上げながらオレは、みっともない程、泣いた。




