美貌の婚約者から「強いて言うなら男友達だ」と騎士科の女生徒を紹介されました~男装の麗人からしか補給できない心の栄養があります~
「騎士科の生徒が一位!?」
「勉強までお得意だなんて、すごすぎるわ!」
「新入生剣術大会でも優勝していたよな!?」
放課後の廊下に貼り出された、全科共通五科目テストの結果。
その紙の前で、同学年の方たちが大騒ぎをしていた。
皆様を驚かせているのは、わたくしの婚約者。
アイゼンヘルツ伯爵家の三男のヴィルヘルム様よ。
お顔が良くて、剣術も強く、勉強までできるの。
騎士科の生徒にしては長めのプラチナブロンドも、サファイアブルーの瞳も……。
どこもかしこも完璧な方。
女生徒たちからは、背が高くて細身だから『英雄体形』なんて言われている。
入学したばかりの頃のヴィルヘルム様は、すごい美形で凛々しいから、王族の誰かだろうと勘違いされていたくらいよ。
恋愛系の幻想小説のヒーローにだって、ヴィルヘルム様ほど素敵な方なんて、なかなかいない。
ヴィルヘルム様は、あまりにも煌めいていて……。
本当に存在しているのか、たまに不安になってくるレベル。
わたくしの方は、平凡な茶色の髪と瞳で、顔立ちだって平凡そのもの。
テストの結果は、なんとか四十位。すごく良いというほどでもない。
自分なりに頑張ったのだけれど……。
「もっと頑張らなきゃ……」
大好きな恋愛系の幻想小説を読むのも、少し控えた方が良いかもしれないわ……。
そんなことを考えつつ、人々の輪から離れる。
廊下の先を見ると、騎士科の方々が、こちらへと歩いて来るところだった。
「シャーロッテ嬢」
という声と共に、ヴィルヘルム様が騎士科の集団から抜け出し、こちらへと早足で近づいてきた。
騎士科の青い騎士服は、ヴィルヘルム様のサファイアブルーの瞳と合わせたみたい。
ヴィルヘルム様は今日も美しすぎて……。
「まあ、ヴィルヘルム様よ!」
「歩いているだけで、あの華やかさ……!」
なんて騒ぐ、まわりの声が段々と遠くなり……。
わたくしにはヴィルヘルム様しか見えなくなった。
――わたくしとヴィルヘルム様が婚約したのは五年前、十歳の時。
当時は、隣国との関係が悪化していたのよね……。
我がリヒトブリック子爵家は、アイゼンヘルツ伯爵家の鉱山で採掘された鉄を使って剣を作り、王国騎士団に納品しているの。
国王陛下が、そんな二つの家の繋がりを強化したいと思われて……。
王命により、わたくしとヴィルヘルム様が婚約することになった。
それが、今では、隣国との戦争も回避されて……。
わたくしたちの婚約は、先日などはヴィルヘルム様の幼馴染から、「形だけの王命」だとか「国王陛下だって覚えてない」なんて言われてしまった。
わたくしとヴィルヘルム様が、まったく釣り合っていないから……。
それなのに、ヴィルヘルム様がわたくしに向けてくれる笑顔は、いつだってキラキラと輝いている。
「もう成績発表は見終えてしまったのかい?」
ヴィルヘルム様は、わたくしの前までやって来た。
「ええ」
「私はこれからなのだ。緊張するよ」
なんて言いながら、ヴィルヘルム様は、胸に片手を当てた。
本当に成績の心配をしているみたい。
「大丈夫ですわ」
わたくしがほほ笑みかけると、ヴィルヘルム様は少しほっとしたような顔をした。
優秀な方にだって、ご自分なりの目標があるわよね。
その目標が達成できているかどうか、不安になることだって……。
長身のヴィルヘルム様は、少しだけ背伸びをして、ご自分の成績を確認した。
「良かった。一位だ」
「おめでとうございます。素晴らしい成績ですわ」
「ありがとう」
ヴィルヘルム様は、かすかに頬を染めた。
「すごいですわ」
「シャーロッテ嬢に格好良いところが見せたくて……」
そんなことを言われると、わたくしの方が真っ赤になってしまう。
「ヴィルヘルム様は……、いつだって格好良いですわ……」
わたくしがなんとか声を絞り出すと、ヴィルヘルム様も赤くなって片手で口元を押さえていた。
◇
「たまには雨も良いものだね」
ヴィルヘルム様が、窓の外を見ながら言った。
放課後の図書室は静かで、雨の音がよく聞こえる。
「そうですわね」
わたくしは隣に座るヴィルヘルム様の横顔を見た。さすがのヴィルヘルム様でも湿気には勝てないようで、プラチナブロンドの髪の毛が少しだけ広がっている。それはそれで似合っているのだから、美形は得よね。
ヴィルヘルム様の口から、勉強中の隣国語が紡がれる。
今日は雨です、と――。
それだけなのに、ひどく格好良く見えてしまう。
冷静に考えると意味不明なことでも素敵に思えるのだから、美貌の力は計り知れないわ。
ヴィルヘルム様は、わたくしの集中力が切れると、こうして他愛ない話をしてくれるの。
わたくしたちが語り合っていると、図書室の扉が開く音がして、乱暴にも思える足音が近づいてきた。
「ヴィリー、ここにいたのか!」
騎士科の女生徒が、こちらを見て大声を出した。
黒髪が、騎士科の生徒らしく短く切られているけれど……。
エメラルドグリーンの瞳が印象的な美女だわ。
少し垂れ目で、左目の下の泣き黒子が、なんだか色っぽい。
青い騎士服を豊かな胸が押し上げていて……。
長身で大人っぽくて……。
まるで男装物の恋愛小説の主人公みたいよ!
「ドナー男爵令嬢、図書室では静かにするように」
ヴィルヘルム様は、ひどく冷たく注意した。
「婚約者ちゃんの前だからって、距離感のある呼び方するなよ。カーチャでいいって」
「そのように貴女を呼んだことは、一度としてなかったと思うが」
ヴィルヘルム様は、これまで聞いたことのない低い声を出した。
それを「アハハッ」と笑い飛ばすのだから、ドナー男爵令嬢はお心が強いわ。
「この子が、ヴィリーが溺愛しているロッティちゃんだよね? たしかにお人形さんみたーい」
カタリナ嬢が近づいてきて、わたくしの頭をポンポンと撫でてくれた。
湿気で爆発気味な髪の毛を、少しでも落ち着かせようとしてくれているみたいだわ。
カタリナ嬢は、こんな日なのに髪が毛先までまとまっている。
放課後なのにお化粧もまったく崩れていなくて……。
美容に関心が高いのが伝わってくるわ。
「ロッティちゃんったら、そんなに怖い顔しちゃダメ。ヴィリーに嫌われちゃうよ」
カタリナ嬢に言われて、わたくしは少し慌ててしまった。
わたくしは淑女科に通っている。
淑女にとって身だしなみは大事なこと。
騎士科の方に後れを取るなんて、あってはならない。
その上、表情まで注意されてしまうなんて……。
「ドナー男爵令嬢、シャーロッテ嬢は怖い顔などしない。私の婚約者を侮辱しないでもらおう」
ヴィルヘルム様が、椅子からゆらりと立ち上がった。
わたくしには、ヴィルヘルム様こそ怖い顔をしているように見えるわ。
「シャーロッテ嬢、カタリナ・ドナー男爵令嬢だ。強いて言うならば、騎士科の男友達だよ」
ヴィルヘルム様が、めちゃくちゃなことを言い出した。
どう見ても女性なのに、男友達だなんて……。
「もうっ、ヴィリーったら! たしかに私は女といるより、お前らとつるむ方が気楽なタイプだけどさ」
カタリナ嬢がヴィルヘルム様に近寄る。
ヴィルヘルム様は片手を開いて突き出し、カタリナ嬢が近付けないようにした。
「最近ようやくシャーロッテ嬢との距離が少しだけ縮まったのだ。邪魔する者は容赦しない」
「なんだよ、そのポーズ。手から魔法でも出すのか?」
カタリナ嬢は、ヴィルヘルム様のことをよく知っているようだわ……。
ヴィルヘルム様には、少し中二病なところがあるの。
「出せるものなら、無詠唱で巨大火球を出して、ドナー男爵令嬢にぶつけているところだ」
「ひどいなぁ!」
なんて、カタリナ嬢は口では言っているけれど……。
まったく気にしていなそうな笑顔だわ。
いつもこのような感じで、じゃれ合っているのでしょうね。
「ドナー男爵令嬢、用がないなら図書室から出ていけ。私たちは勉強している」
「私もヴィリーに勉強を教えてもらいたいんだよ。なにせ、ヴィリーは騎士科の奇跡、学年一位様だからね」
カタリナ嬢は、勝手にヴィルヘルム様の向かい側の席に座る。
この言葉と行動で、わたくしにもようやく、カタリナ嬢が空気の読めない方だということがわかった。
婚約者同士が二人きりで勉強しているところに、割って入ろうとするなんて……。
それに、初対面のわたくしのことを、勝手に愛称で呼んでいるのも良くないわ。
ヴィルヘルム様を愛称で呼ぶことも、許しを得ていないのではないかしら……?
「断る」
ヴィルヘルム様は短く答えると、わたくしを見た。
「シャーロッテ嬢、今日はここまでにしよう」
「そうですわね」
わたくしは隣国語のテキストやノートを閉じた。
「婚約者ちゃんは、素直でかわいいねぇ。私はこんな感じだから、なんでもハッキリ言っちゃうんだよね」
カタリナ嬢は、苦笑しながら席を立った。
「またね、ヴィリー、ロッティちゃん」
なんて言って、ヒラヒラと手をふり、図書室から出ていく。
「次の機会などない」
ヴィルヘルム様が吐き捨てた。
カタリナ嬢が立ち去ると、図書室はまた静かになった。
◇
その日から、わたくしはカタリナ嬢のことが気になるようになってしまった。
ヴィルヘルム様によると、カタリナ嬢はドナー男爵家の四女。
貧しいドナー男爵家では、四女にまで持参金を用意できないため、カタリナ嬢は騎士科に進学したらしいの。
カタリナ嬢は、騎士服を着ていても、とても女性らしくて……。
美人で、快活で、身だしなみにも気を遣っていて……。
誰とでも分け隔てなく付き合う方のようなの。
「まるで『ベネディクトの薔薇』の世界だわ……」
わたくしは騎士科の鍛錬場の片隅で、小さくため息を吐いた。
カタリナ嬢は、大好きな男装物の恋愛小説の主人公そのもの。
ヴィルヘルム様も、もちろんとても素敵な方だけれど……。
男装の麗人からしか補給できない心の栄養があるのよ。
「ずいぶんとドナー男爵令嬢を気に入ったようだね」
ヴィルヘルム様が、わたくしの隣で不愉快そうな声を出す。
騎士科の皆様は、放課後の自主鍛練中なのだけど……。
ヴィルヘルム様は、わたくしの姿を見つけて来てくれたの。
「ええ。だって、レオニー様そのものなのですもの……!」
あの名作の世界が、目の前に!
わたくし、王都歌劇団の演目に『ベネディクトの薔薇』があると、必ず一度は見に行ってしまうの。
小説の新装版も、ファンブックも、挿絵集も持っているし……。
恥ずかしながら、限定グッズの『レオニーの剣』まで買ってしまった。
「一度でいいから、レオニー様と踊って……。いいえ、ダメね……。アンネリーゼ王妃みたいに、レオニー様に横恋慕してしまうと困るわ」
わたくしは鍛錬場で男子生徒と戯れるカタリナ嬢を見つめる。
カタリナ嬢は、男子生徒の頭部を胸元に抱え込み、髪を整えてあげていた。
どこもかしこも麗しいだけあって、髪型に対する美意識が高いのね……。
「へえ……、横恋慕……」
ヴィルヘルム様が、暗い声でつぶやいた。
わたくしは驚いてヴィルヘルム様を見上げる。
いつもはサファイアブルーの瞳が、ダークブルーに翳っていた。
「わたくしったら、ごめんなさい……。カタリナ嬢が、あまりにもレオニー様そのものだから、つい夢中になってしまって……」
相手が女性とはいえ、婚約者の前で、いけなかったわ……。
わたくしのカタリナ嬢への思いは、ファンの域を出るものではない。
だけど、このままでは……。
ヴィルヘルム様から、わたくしがカタリナ嬢をお慕いしていると勘違いされてしまうかも……。
ああ、それは困るわ……!
わたくしたちの婚約は王命によるもの。
我がリヒトブリック子爵家の王家に対する忠誠心だって疑われかねない。
――カタリナ嬢へのファン活動は、諦めるしかないのかしら……?
わたくしは悩んだ末に……。
カタリナ嬢のファンクラブを作ることにした。
学生らしくクラブ活動をするのなら、誰も問題視したりしないはずよ。
我が王立学園では、同好会を立ち上げるためには五人、部になるためには十人のメンバーが必要なの。
ああ、もっと早くにカタリナ嬢を知れていたら……。
新入生オリエンテーションでのメンバー募集に参加できたのに……。
カタリナ嬢からは、事前にファンクラブを作る許可をもらった。
「私は女には興味ないけど、それでもいいなら」
なんて苦笑しながらも、カタリナ嬢は許してくれたわ。
カタリナ嬢が心の広い方で良かった。
これで公式ファンクラブを名乗ることができるようになったの。
わたくしはきちんと生徒会にメンバー募集申請をして……。
許可が下りると、まず昇降口の前の掲示板にメンバー募集のポスターを貼った。
それから、同じクラスの女生徒たちに声をかけてみて……。
早めに登校して、校門前でチラシを配ってみたのだけれど……。
すでに他のクラブ活動をしている方ばかりで、メンバーはまったく集まらなかった。
わたくしが、また悩んでいると……。
「『ベネディクトの薔薇』は王都歌劇団の演目だろう? 歌劇部に声をかけてみたらどうだい? 掛け持ちでメンバーになってくれるかもしれないよ?」
なんて、ヴィルヘルム様がランチの時にアドバイスをしてくれた。
たしかに歌劇部に所属している方々ならば、レオニー様のことを確実に知っているはず! カタリナ嬢の魅力を説明する必要もないわ!
わたくしは放課後になると、メンバー募集のチラシを持って、歌劇部の部室に行ってみた。
歌劇部の皆様は、わたくしのチラシを見て大興奮だったわ!
「この学園にレオニー様そっくりな方がいたなんて!」
「騎士科の女生徒はノーチェックでしたわ!」
「左目の下の泣き黒子まであるのね!」
わたくしは歌劇部の皆様をお誘いして、騎士科の自主鍛練を見に行ったの。
皆様、カタリナ嬢を見て、最初はレオニー様に似ていると言ってくれたのだけど……。
「なんだ、あの女……。ヒューテル侯爵令嬢の婚約者の腕に抱きついているぞ」
「お姉様の婚約者と肩を組んでいるわ。どういうことなの……」
「今度はフロスト伯爵令嬢の婚約者の方に行ったわよ!?」
しばらくすると、歌劇部の皆様は、わたくしに王都歌劇団の規則である『品行方正』や『清廉潔白』などを熱心に語り始めて……。
わたくしの方が歌劇部に体験入部することになってしまったの。
わたくしに真のレオニー様を教えてくれるのですって。
そんな訳で、わたくしはカタリナ嬢のファンクラブ作りを諦めたのだけれど……。
それからすぐ、カタリナ嬢の騎士科の男子生徒に対する距離感のなさが、学園内で大問題になってしまったの。
「男友達みたいなものってなによ!?」
「婚約者がいる男子にベタベタして不潔だわ!」
「ご自分ではサバサバしているおつもりだったようだけど」
なんて、わたくしの同級生の女生徒たちも怒っていた。
カタリナ嬢は、見た目はレオニー様にすごく似ていたけれど……。
中身はあまりにも品位に欠けていて、レオニー様には遠く及ばない方だったのよ……。
カタリナ嬢は、退学して辺境へと旅立っていった。
娼館に勤めることになったらしいの。
やっぱり恋愛系の幻想小説のようだわ……。
きっとカタリナ嬢は、王道の主人公のように、髪結いのお仕事をするのよ。
ああ、お仕事の合間に謎解きをするのかしら?
それとも、廃業寸前の娼館を立て直す?
辺境の町ごと救ってしまう可能性まであるわ……!
カタリナ嬢の辺境での暮らしを想像するだけで、わたくしは心が躍るの。
いつか『髪結い師カタリナ』の活躍を伝え聞くのが楽しみよ。
「カタリナ嬢が退学になったけれど、シャーロッテ……、いや……、その……、ロッティは、あまり残念そうではないね?」
ヴィルヘルム様から問われたのは、雨の日の放課後。
一つの傘の下を、二人で歩いている時だった。
ヴィルヘルム様ったら、いきなり愛称で呼ぶなんて……。
うれしいけれど……。
うれしいのだけれど……。
ドキドキしすぎて、どうにかなりそうだった。
「わたくしには、ヴィルヘルム様……、ヴィリー様が、おりますもの……」
わたくしは真っ赤になりながら、なんとか返事をした。
わたくしにとっては、ヴィルヘルム様……。
いいえ、ヴィリー様が……。
どんな恋愛小説のヒーローより魅力的なの……。
横を見れば、ヴィリー様が片手で顔を覆っていて……。
わたくしたちは雨音を聞きながら、その後は黙って馬車停めまで歩いて行った。




