第四章 弔問(1)
匡が放った式神が戻ってきたのは二日後の昼過ぎだった。式は匂いをたどりある家を特定してきた。
その日の晩、再び与四郎が壁からにゅっと現れた。
「なぜ壁から現れるのだ。玄関から入ればよかろう」
下駄を脱いで脇に置く与四郎に、匡は呆れて言った。
「いろいろめんどいだよ、治三郎が。で、なにか掴めたか」
与四郎は悪びれる様子もなく、あぐらをかいた。
「式が場所を特定した。横浜の野毛という所だ」
「新井清一郎の父親は貿易商だ。野毛は港に近く、金持ちが住んでる所だから、まあ間違いないだろう」
どうやら与四郎は与四郎で情報を仕入れていたらしい。
「できれば、かの者が息絶えた家を見てみたい。なにかしら痕跡が残っている筈だ。あと、家人にも話を聞きたい」
「お前、ど直球だな?そうさな、俺とお前は清一郎の同級生ってことにして、野毛の家に弔問に行くのはどうだ。労咳病みの葬式なんて大っぴらにやりはしないから、おおかた新井の家でも夜の間に清一郎の遺体を外に運び出して、さっさと埋葬したはずだ」
「なるほど」
匡はちらと与四郎を見た。
「しかし与四郎殿と私が同級生というのは、ちと無理があるのではなかろうか」
与四郎の唇の端がぴくりと動いた。
「俺、そんなおっさんじゃねえよ?帝大なんて何年も浪人して入学する奴のほうが多いんだ。全然いけるっての」
「ほう、同級生といっても同い年というわけではないのだな。して、野毛はどこにあるか分かるか?徒歩で何日かかる?」
与四郎は呆れた顔をして机の上の半紙の束を指さした。
「お前、何百年前から来たんだよ・・・あれを使え。野毛に行くには、新橋から横浜まで蒸気機関車に乗るんだ」
「なんと、かの蒸気機関車か!」
匡の頬が興奮で紅潮した。
「だからあの半紙を札に変えてくれ。できるだけ多くな」
「相分かった。では札とやらに変えるので、現物を見せてもらえるか」
「は?現物?」
「私は明治の貨幣を見たことがないゆえ」
「・・・・」
与四郎はため息をつくと、ズボンのポケットから一枚の葉っぱを取り出した。フッと息を吹きかけると、たちまち一圓札に変わった。
「これとまったく同じものを作ってくれ。早くしろ、俺のはすぐに葉っぱに戻っちまう」
「承知した」
匡は半紙をひとつかみ抜き取り、呪文を唱え手をかざした。すると、たちどころに一圓札の複製が出来上がっていく。与四郎はニヤリと笑うと、匡が術で作った札を素早くかき集め、ズボンのポケットにねじ込んだ。
「じゃ、明朝出発だ。朝八時に新橋の停車場に来い」
言うやいなや、与四郎は下駄をつかむと壁の中に消えた。
翌朝、与四郎は風呂敷包みを片手に、げっそりと青い顔をして新橋に現れた。
「与四郎殿、いかがした?顔色がいつもよりもっと土気色だ」
「どんだけ死人なんだよ俺は・・・あのおっさん、底なしだな・・・」
与四郎からぷうんと酒の臭いがする。
「なんだ、酒を飲んだのか」
「まあ付き合いでな。ちょっと切符買ってくるからここに居ろ」
与四郎はおぼつかない足取りで駅舎に向かって行った。




