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第六章 留学生(2)

 翌朝九時、匡と与四郎は本郷にある東京帝国大学にいた。夏季休暇中で学生の姿はほとんどなく、構内は閑散としていた。学生監室を訪れると、職員は新聞を広げていた。

「医学部三年生の王模という者の居所を教えてもらえませんか」

与四郎が中年の職員に声をかけた。

「王模?清国の留学生でしょうか。名簿を持ってくるので、少し待っていて下さい」

職員は書類棚の並んだ隣室へ入っていった。

 ほどなく職員は分厚い名簿を二冊抱えて戻ってきた。

「清国の留学生名簿と、医学部の名簿です。その学生の名前をここに書いてくれますか」

職員が差し出した紙切れに、匡は鉛筆で「王模」と書いて渡した。

「今三年生ということは、入学年度は明治三十二年・・・」

職員は留学生名簿の頁をめくり、指で名前を一つずつ確認していった。

「明治三十二年に清国から入学した者の中に、王模という名前はありません。医学部の名簿にも、王という学生はいないようです」

「では、その前後の年に入学した者ではないだろうか」

「帝大で清国から国費、私費とも留学生の受け入れを始めたのは明治三十二年からです。

明治三十三年と今年入学の留学生にも、医学部の名簿にも、王模という名前はありませんね。その人は、本当に本学の生徒なのですか」

職員は(いぶか)し気に二人を見た。

 与四郎が礼を言うと、職員は名簿を抱えて隣室に入っていった。

与四郎はぼりぼり頭を掻いて、匡を見た。

「身分を偽ったな。これで王模という奴の正体は分からなくなった」

「手がかりはある。清一郎の妹は王模の顔を見ている。どのような男だったか尋ねよう」

「佐緒里か?気がふれて入院してるっていうじゃねえか。話なんかできるのか」

「術で思念をたぐれるかも知れない」

「そういやお前、陰陽師だったな。すっかり忘れてた、ハハハ」

与四郎は明るい顔で笑うと続けた。

「宿舎に帰るぞ。新井の家に電話をかける」

「電話?」

「そうだ。冥府の宿舎には電話があったな?新井の家は商売柄、電話を引いてるだろう。前もってキヨから病院に連絡しといてもらわねえと、突然俺たちが行ったところで佐緒里には会わせてくれねえ。なにせ癲狂院だからな」

「諸々手続が必要なのだな。なにからなにまで手数をかけてすまない、与四郎殿」

匡は与四郎に頭を下げた。

「気にするな。礼なら小野殿から、たんまりもらう」

匡の肩を軽く小突くと、与四郎は快活に笑った。

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