06_蒼冷の畔(ほとり)
凍っていた。
私ではなく、世界そのものがだ。
そこは、音も、風も、時間さえ存在しないかのような絶対零度の宇宙空間。分子運動が極限まで停止し、あらゆるエネルギーが沈黙した静寂の海。
その虚無の中心に、”それ”は浮かんでいた。
最初は全く見えなかった。自ら光を発しないそれは、闇と完全に同化していたからだ。だが、彼方の恒星から届いた微かな光が、その輪郭を縁取った瞬間、息を呑んだ。
巨大な「岩塊」だった。惑星と呼ぶにはあまりに無骨で、小惑星と呼ぶにはあまりに荘厳だった。ゴツゴツとしたクレーターに覆われた、灰色の塊。大気や、海、マグマもない。その表面は、何億年前から穿たれた傷跡が、風化することなく残っている。
――美しい。
あれは「永遠の星」。内部で核融合を繰り返し、自らの身を焦がしす恒星とは違う。この岩は、ただ「在る」。何も生み出さず、何も消費せず。何十億年もの間、ただ重力に従って軌道を巡り、宇宙の冷たさを蓄え続けている。
私に何者かが語りかけてきた。言葉ではなく、重力波のように静かな振動として感じ取った。
『――定義:保存』
低く、落ち着いた響き。
『状態の維持』
『外部干渉の拒絶』
その信号が脳に染み渡る。生きるとは、変わることではない。保つことだ。風雨に耐え、熱に耐え、ただその形を留め続けること。それこそが、唯一にして最強の抵抗であり、生存目的だ。
一つの言葉が脳を走る。
『同型』
静かに、私の心臓が石に変わっていくように感じる。血管は鉱脈となり、皮膚は岩盤となり、思考が結晶化する。苦悩が消え、欲望が消え、私はただの「質量」として永遠の静寂に抱かれる。
――凍れ。
――止まれ。
――動くな。
それは慈愛に満ちた子守唄のようだった。何も感じず、何も望まず、ただ冷たい宇宙の塵として、永遠に漂っていたい。
もっと、冷やして。
もっと、固めて。
私の時間を止めて――。




