2話:転生、したけど山しかないです。
目が覚めたら、そこは森の中だった。
いや、森というか、もう“山”。しかも結構な奥地っぽい。
「……マジで、ここどこ……?」
ぼそっと漏れた自分の声が、やけに響いた。返事は当然ない。鳥がさえずってるだけ。
体を起こして、ぼんやりと手を見つめる。肌は若い。指も細い。
スーツは消え失せて、ゆったりしたシャツに柔らかい革靴。まるで冒険者の初期装備。
「うわ、ちゃんと若返ってる。てか、異世界感つよっ……」
冗談だと思ってた。あの神様の話。運に極振り? 異世界転生?
でも、目の前の現実がそれを全力で肯定してくる。
木。草。虫。木。木。そして木。どこを見ても文明のかけらすらない。
「……街とか、ないの……?」
思わず立ち上がり、ぐるぐると辺りを見渡すが、人工物ゼロ。チュートリアルもなし。
「受付嬢もギルドも看板も、ぜんぶ、ナッシング……!」
異世界=勇者召喚とか、貴族に転生とか、そういうテンプレは一体どこへいった。
「まさかの、野ざらしスタート……!?」
絶望しかけたそのとき、ボトンッと音がして、頭に何かが当たった。
「痛っ! え、なに?」
足元に転がるのは、小さな果実。見た目はオレンジっぽくて、甘い匂いが漂っている。
「……え、これって……食っていいやつ?」
試しにかじってみる。酸味はなく、ジューシーで、めちゃくちゃうまい。
「うわ、うまっ!? なにこれ、神フルーツ!? いや、神じゃなくて俺の“運”か……?」
たまたま頭に当たった果実が、超当たりだったとか。
これが運999の力。うん、ちょっとバカらしいけど、まあありがたくいただこう。
果実を食べて少し落ち着いた祐樹は、改めて周囲を見回した。
森は広い。木々は高く、視界は悪い。
だが、奥へと続く踏み分けられた痕跡が、かすかに見える。
それは、人か魔物か、あるいは両方か。
ただの動物道にしては、明らかに踏み荒らされている。
「……とりあえず、進むしかないか……」
覚悟を決めて一歩踏み出した、そのときだった。
――ガサッ。
「……え?」
明らかに“何か大きいもの”が、茂みの奥を這ってくる音。
警戒しながら立ち上がると、葉の間からヌッと顔を出したのは――
「うわ、モンスターじゃん!? 出た!?」
現れたのは、イノシシに似た魔物。
真っ赤な目、牙むき出し、背中に棘。おまけにヨダレまで垂らしてる。
「無理無理無理、聞いてない! まだ序盤チュートリアルすら終わってないんだけど!?」
とっさに後退、足元にあった枝を――
バキッ!
「うわっ、やばっ!?」
跳ねた枝が、なんと魔物の眉間に一直線。
ゴンッ!!
「……あっ」
イノシシ魔物、白目を剥いてその場に倒れる。
静寂。空気が止まる。
「……マジかよ……倒した? オレ、今なんかした……?」
冷や汗をかきながら魔物に近づく。触ってみる。ピクリともしない。
枝が跳ねて、魔物にクリーンヒット。即昏倒。
……いや、完全に事故死じゃない? 俺、ノーダメージなんだけど?
とはいえ、どうやら世界のシステム的には「戦闘勝利」と判定されたらしい。
突如、俺の目の前に透明なウィンドウが現れた。
【レベルが1→2に上昇しました】
【ステータスポイント+5】
「マジかよ……勝手にレベル上がった!?」
テンション上がるどころか、混乱しかない。
「いや、経験値ってどう計算されたの!? 俺、あの魔物と一発も殴り合ってないんだけど!?」
完全に“運”だけで勝ったのに、正当な勝利扱い。そしてステータスまで強化される。
「……やば。これ、もしや……俺、この世界で無敵説?」
もちろん調子に乗るのはまだ早い。が、それにしたってこの運は異常だ。
【現在のステータス】
レベル:2
筋力:0/敏捷:0/知力:0/耐久:0/魔力:0/運:999
「うわ、なんかもう“運”の欄だけフォント違う気すらしてきた……」
しかし、振れるステータスポイントが5もある。
「うーん……ここは少し分散させるか?」
――いや、迷う時間すらもったいない。
「ここはやっぱ、全部“運”に再投資だよな!?」
即決で運に全振り。現在の運、1004。
「うわ、4桁いった……怖っ……」
そうしていると、なぜか森の奥から“ドサッ”と音が。
見に行くと――
なぜか、高級そうな革製バッグが落ちていた。
「……お前、まさか、レアドロップとかじゃないよな?」
何となく拾い上げる。茶色く、古びた革袋。見た目はショボい。
「いや……でも――これ、もしかして……」
中を確認する。だが――空っぽ。軽い。本当に、ただの袋。
「なーんだ、ただのゴミか……」
そんな風に思いかけたそのとき。
――静かな、電子音のような“ピロンッ”。
祐樹の視界に、半透明のウインドウが浮かび上がった。
【獲得アイテム】
アイテム名:アイテムボックス
分類 :特殊アイテム
説明 :格納空間を持つ万能バッグ。容量・重量制限なし。
状態 :所持中
「うっそぉ!? これ、アイテムボックスだったの!?」
石を入れるとスッと消える。取り出すときは念じるだけ。
持ち物リストも自動管理。完全にゲームのインベントリシステム。
「運だけで無限収納アイテムとか引く!? こっちの運、壊れてない!?」
試しに地面の小石を拾って、その袋――“アイテムボックス”に放り込む。
何の抵抗もなくスッと消えた。
「で、で、取り出すには……」
軽くその場で“石”のイメージを思い浮かべて、袋に手を入れてみる。
――ズボッ
指先に、ひんやりとした石の感触。取り出すと――
「おお……出た……」
袋を開くと、石がきちんと収まっていた。まるでゲーム画面のアイテム欄のようだ。
「マジかよ……これ、チートじゃん……!」
思わず笑いが漏れた。地味でみすぼらしい見た目の袋――だけど、その中身は“無限収納バッグ”。
「よし、これで旅の準備はオッケーだな。武器も防具もねぇけど、多分大丈夫……多分な」
震える足で立ち上がり、倒れた魔物と、その横にある僅かな踏み分け道を見つめる。
「――行くか。文明っぽい何かを探しに」




