1話:死因:俺が売った車
――視界は白。世界は無音。
立っているのか、浮いているのか、よくわからない。重さもない。ただ、広がる白だけ。
夢とも違う。現実とも思えない。どこか、不自然に整った世界だった。
「……ここは?」
『おーい、生き返ってる? あ、いや、死んでるか。やっほー、起きた?』
突然声がして、祐樹は振り返る。
そこに立っていたのは、白いローブを羽織った青年の姿。片手にはタピオカドリンク。
見た目チャラいし飲んでるのタピオカだけど、なんか腹立たないのが逆に腹立つ
だが、この状況で“普通の人間”なわけがない。
「……誰……ですか。ていうか、ここ、どこですか?」
問いかけに、男はゆるく笑った。
『あー、うん。混乱するよね。その反応、だいたい合ってる。』
『まず一つ目。ここは“生と死の間”ってとこ。』
「生と……死?」
『そう。そして二つ目――君は、死んだ』
「……は?」
『あー、やっぱ信じられないか。じゃあ順番に行こう。君――死んだんだよ』
その言葉を聞いた瞬間、工藤祐樹の脳裏に“あの光景”が、強制的に流れ込んできた。
* * *
夜の8時過ぎ。
駅前の歩道は、仕事帰りのサラリーマンたちでそこそこ賑わっていた。
工藤祐樹もその一人だった。
湿気を吸って肌に張り付いたワイシャツ。スーツの背中には、いつの間にか染みた汗の跡。
ネクタイは、会社を出た直後に緩めたまま。片手には、仕事道具がぎっしり詰まった営業カバン。
もう片方には、ビニール袋――コンビニで買ったチルドの濃厚プリンがひとつ。
今日も残業。
ギリギリで押し切った商談。相手の苦い顔が、まだ脳裏に焼きついている。
「……やっと、終わった……」
信号待ちの列の中、誰にも聞こえないように小さくつぶやく。
明日も朝から営業会議。だが今は――プリンのことだけを考えていた。
そのときだった。
ビニール袋の取っ手が、突然ぷつりと切れた。
「――え?」
思わず視線を落とす。
手の中から抜け落ちた袋は、無情にもアスファルトへ。
ポトン。
小さな音と共に、プリンが地面に転がった。
「あ、うわっ……マジか……」
屈み込んで拾おうと、ほんの少し身を沈めたその瞬間――
キィィィィィィィ――!!
空気を引き裂くようなブレーキ音が、右から響いた。
「え――」
反射的に顔を上げる。
前方から、ヘッドライトの光が飛び込んできた。
突っ込んでくる――黒のセダン。
完全に信号無視。歩行者が立つ横断歩道に、あり得ない速度で進入してきていた。
ドライバーの顔は見えない。だが、そのフロントには――
あのエンブレム。あのナンバー。
脳が理解するよりも先に、体が硬直する。
見覚えしかない。
納車前にワックスがけまで自分でやった。客に渡すとき、説明書を丁寧に読み合わせた。
営業実績の1台として、ついこの間、納車したばかりの――自分が売った車。
「……う、そ、だろ……?」
小さく口が動いた。声にならない。
なのに、その言葉は明確に、自分の中に残った。
ブレーキは効いていない。
タイヤがロックされたまま、セダンはスリップして滑り込んでくる。
足が動かない。身体が、地面に縫いとめられたように、言うことをきかない。
そのまま、祐樹の視界は――
白く、塗り潰された。
* * *
「……皮肉、効きすぎでしょ……」
『予定では、あの時あなたは横断歩道を渡らないはずだったんだけどね』
『時間のズレと、ちょっとした人の流れの誤差で、接触ルートに入っちゃった』
「は? そんな偶然で?」
『うち、けっこう繊細なバランスでやってるんだよ。
信号一つ、くしゃみ一つで人生変わるんだから』
『本来、あれは起きるはずじゃなかった。完全に我々側のミスです。』
『というわけで――補償として、あなたには“転生権”をお渡しします』
「……転生?」
『そう。剣と魔法の世界。いわゆる異世界。で、転生ボーナスとしてステータスポイント付き』
神が手をかざすと、空中にパラメーター表が浮かび上がる。
【筋力/敏捷/知力/耐久/魔力/運】
【配分可能ポイント:1000pt】
『これ、全部君の。人生リセットボーナス。がっつり盛ってあるから、好きに振っていいよ』
「えっ、なんかこう……バランスとか?」
『バランス? 知らん。全員がバランス良かったら、物語にならんやろ』
「それ神様が言っていいセリフじゃないですよね」
神がそのあとも色々言っていたがスルーしつつ、祐樹は画面を見つめた。
数字を割り振るバーが、ぬるぬる動く。無駄にUIが凝ってる。
(うーん、しかし迷うなこれは、、、)
筋力? 別に筋トレしたくて転生するわけじゃないし。
敏捷? 素早く動けても、動く理由がないなら意味ない。
知力? 勉強は嫌いじゃないけど、大学受験で燃え尽きた。
耐久? 頑張った分だけ壊れるの、現実で散々味わった。
魔力? 魔法とかカッコいいけど、詠唱とか噛む気しかしない。
――となれば、自然に残るのはひとつ。
運:1000
他:すべて0
「……完了、と」
神の口元がピクッと動いた。
『ちょ、マジで? 運フル? 他ゼロ? ギャグでもそこまでは……』
「ギャグじゃないです。真剣にふざけてます」
『いやもう、潔すぎて逆に感心したわ……』
「努力しても報われなかったんで。だったら今度は“運だけ”でどうなるか、試してみたくなったんですよ」
神はしばらく無言だったが――ふっと笑った。
『いいね、それ。うん、そういうの、嫌いじゃない』
指を鳴らす準備をしながら、神がひとこと。
『じゃ、全力で、運ゲーしてこい。死なない程度にね』
「フラグ立てるのやめてもらっていいですか!?」
パチンッ。
音が鳴った瞬間、祐樹の視界は、白から――緑へと変わった。




