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第二章ー③

「はっぴばーすでぃはるさん。はっぴばーすでぃはるさん」


 うわあ! うちのひなちゃん可愛すぎるンじゃあ! ちょっと舌っ足らずなところとか、無表情かつ手でぱんぱんリズムをとってるせいで猿がシンバル鳴らすおもちゃみたいなところが最高に愛らしい。今すぐ抱きしめたい。


 週末、家には二人っきりだった。母は仕事に行く寸前におめでとうと言い残し一万円置いて出て行った。夕飯も終え、ひなたが買ってきてくれたケーキでお祝いしている。


「18歳おめでとう」

「うん、ありがとう」


 とりあえず無事に僕の誕生日を迎えることができた。ひなたのは一月後だが、毎朝続けるカウントダウンでも特に意識している様子はない。このまま、何事もなく日々が続いて行くんじゃないかと夢想してしまう。


「プレゼント、ありまぁす」


 ひなたがくれるなら折り紙の鶴でも肩たたき券でも嬉しいぞ僕は。

 手渡された包みを慎重にほどいてく。


「……時計?」


 デザインはシンプルだけど高級感があって僕好みだ。この時計が似合う大人になりたい。まだはめてもいないのにもう気に入ってしまう。

 しかし、しかし……。


「あれ、あんまり刺さらなかった?」

「……ううん、とっても嬉しい」


 --ネタ被った!


 ここで……この大きな意味を持つ18歳の誕生日でネタ被ったぁ!

 君の時間はこれからも刻まれて行くんだよ、的な意味をこめて渡すつもりだったのに。もうショップで支払い済ませて刻印まで依頼してるのにぃ!


「あぁ……被った?」


 そして簡単に察されてしまう。おんなじこと考えてたね、えへへ♪ で済ますわけにも行くまい。

「もう一個用意する」

「いい。やめて。そのままくれればいい」

「やだ、絶対喜ばせる!」


 サプライズがバレるなんて、あってはならないよな弥彦ぉ!


「はるさんの気持ちが重いよ」


 どれだけ君を想っていても、半分も伝わらないのだからたくさん気持ちを送っていかなければあかんのよ。それが愛なのよ。


「着けてよ、はるさん」


 そうだ、この最高のアイテムを早く装備しなければ。


「どう?」

「かっこいー」

「似合ってるよね、やっぱりひなたのセンスだよねこれ」

「あなたの好きそうなの選んだから」

「はー嬉しい。幸せだなぁ、僕たち」

「…………」

「幸せだよ」

「……うん」


 梅雨真っ盛りの、じめじめした夜だった。ただ入眠を待つには暑苦しい夜。けれど、それ以上に、僕らは熱を孕んでいて。

 お互いの汗と体液が身体を湿らす。硬さと柔らかさを擦らせて、そこにまた新しい熱が生まれる。呼吸が荒い。心臓が早鐘を打つ。


 がむしゃらに求め合う。


 普段は僕が責めるのに今日は向こうから、舐めて、咥えて、抱きしめてくれた。

 交わっていると時間を忘れた。一つになることに夢中だった。

 迫りくる終わりの予感をぬぐい去りたくて、僕は必死に腰を打ち付ける。

 見せるわけにはいかない感情の滴が溢れそうだった。

 だからドーパミンやエンドルフィンに意識を委ねる。

 溶け合う熱。混じり合う喜び。

 今の幸せを長引かせたくて、手放したくなくて。

 疲れ果て、裸のまま眠りについたことに翌朝気づく。

 あちこち汚れっぱなしで、汗臭くて、僕の腕を枕にして彼女は寝息を立てている。

 装着したままの時計を見てまた一日、日を跨いだことを知覚する。

 抑えていた涙が、とうとう零れた。




「ねぇ晴人くん、あの子……」


「うん。件の彼」


 弥彦くんは店の奥でマスターと面接していた。それを見た渚さんが驚きを隠せず僕に問いかけてくる。


「いつの間に仲良くなったの?」

 仲良くした覚えは全くないのだが。僕は事のあらましを説明する。

 手にした応援パスを掲げると弥彦くんは平伏した。


『せ、せんぱい!』

『勘違いするなよ。ひなたが僕にお願いをしたから遂行したまで。ついでだついで』

『恩に着る』

『おっと。タダでもらえると思うなよ』


 僕がチケットを後ろ手に隠すと、彼は不機嫌の最上級みたいな顔になる。


『なぁ、僕はこれを手にするのに凄まじい労力をかけたのだ。君は僕に何を返せる?』

『彼女のついでじゃねーのかよ!』


 お前が応援に行きたいとか言わなければこうなってねーのよ。


『もちろんひなたは連れて行く。でもついでの君は僕に誠意を見せなければならないのではないかね? 今まで散々生意気言ってくれたな。僕にはね、君に優しくしてやる義理も思い入れもないのだよ』


 頭を抱えていた。せいぜい苦しむがいい。ここで甘やかせばつけあがるのは目に見えている。


『……どうしたらいい』


『理解が早くて助かるよ』


「で、僕がほとんどシフトに入れなくなっちゃうんで、補充できないかなとか考えてたんですよ。そこに都合のいい労働者見習いがやってきたわけですな」

「あんまり後輩いじめちゃダメだよ……」


 いじめなんてとんでもない。プラジュで働いてみろと告げたとき。


『尾崎さん憧れのお洒落レストランで働いてたら、彼女も君のこと格好いいと思うかもね』というやる気にさせる理由付けまでしている。おかげで誘導がラクだった。


「使えるかどうかはわからないですけど、ま、長い目で見てやってください」

「晴人っ!!」


 マスターが弥彦くんを連れて来る。店の制服を着用していた。採用されたっぽいな。

 これで心置きなく卒業できる。


「はい」

「弥彦の教育、任せるからな。お前が抜けるまでに一通り教えとけ」

「いやです!!」


 初めて業務命令に背いた。なぜ僕が。もう辞めるのに。


「お前の後輩だろうが!」

「そいつ僕のこと目の敵にしてるんです。渚さんにやってもらってください!」

「信頼できないやつを連れてきたのかお前は」


 いや、僕は彼のことを根は真面目だし小心者だからきちんと働いてくれると見越して……。

「弥彦くん。教育係が僕じゃいやだよな? こっちの綺麗なお姉さんの方がいいよな?」

「よろしく……晴人、せんぱい」


 こいつ、渚さんの方を見もしねえ。ひなたへの態度といい、年上の女性に免疫ないな?

 渚さん、今こそ言ってやってください! 『童貞きめぇな』って! いつも僕に言うみたいに!


「ヨロシクオネガイシマス」


 こんなことになるなら呼ぶんじゃなかった。


「んじゃ、しっかり仕込んどけよ。晴人」

「……はい」

「受験終わったら戻ってこい。席は空けておく」


 返事をする前に、マスターは事務室に引きこもってしまった。心の中で、必ず戻ると誓う。


「先輩、辞めちまうんだ」

「だから君を勧誘したのだ。しっかり頼むよ」

「これで知佳をいつでも連れてこられるな」


 やっぱこいつ可愛くねぇな。いつか彼の出勤日に食べに来てめちゃくちゃダル絡みしてやろう。

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