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第一章ー③

「お待ちしておりました工藤様。お席までご案内します」


 急にシフト減らせと言われてもな。テスト期間で休んだばかりだったし、マスターには恩がある。戦力として勘定されてるだろうし切り出しづらい。

 というわけで、いつも通り出勤していた。


「……どうかされましたか」


 案内しようとした予約のお客様が固まっている。どうしたことだろうと顔を上げると、カップルのうち女性客が僕を見て歩みを止めた。


「……知佳?」

 連れの男性客も急かすように女性の手を引く。

「……お客様?」

「いや店員のコスプレしてるけど秋葉くんですよね」


 コスプレとは何事か。僕はプラジュのスタッフではベテランぞ。ギャルソン姿もよく似合っているだろうに。

 ん? 僕の名前を呼んだってことは知り合いか。


「少々お待ちいただけますか」


 脳内データベースを検索する。1年時のクラスメイトから顔と名前リストを照合していく。この間約8秒。現在同じクラスの出席番号12番尾崎知佳さんだと結果がでた。


「やぁ尾崎さん、いらっしゃい。私服だから気がつかなかった。どうぞ、席へ案内します」

「私のこと覚えてなかったでしょ」

「そんなことないよ。出かけるときはコンタクトなんだね。だから最初わからなくて。よく似合ってると思う」


 クラスでの彼女を言い当てることによってごまかせたと思う。


 正直に言おう。顔と名前は全員覚えている。記憶力には自信がある。だが全員と薄い交流しかしてこなかったせいで、記憶が積み上がっていかないんだ。

 興味がない、とはまた違うと思う。


「……変なこと言わないで」

「知佳、いこう」


 しびれを切らしたのか男性がせっつく。尾崎さんを呼び捨てにしているがどうも年下に見えた。


「失礼しました。ご案内します」


 二人は席に着き、僕も店員に戻る。しかし珍しい。学生だけで来るにはちょっと高い店だと思う。なので年若い男女が来店した場合、少し背伸びしたデートというのが定番だ。


「8番さん知り合い?」

「クラスメイトみたいです」

「のわりには距離あるなぁ。晴人くんさぁ、やっぱり教室でぼっちなの?」


「僕は現在勤務中の飲食店店員であり過度の私情を持ち込むことは業務に支障を来すばかりか店内の雰囲気を壊すことにも繋がり何一つメリットが得られないため適切に応対しただけのことで教室内での僕の姿や彼女との関係値をそのまま反映したわけではないことをお伝えしておきます」


 ぐさりときた。今日まさにひなたがいなけりゃぼっち説が浮上したばかりだった。


「ご、ごめんよ……あの子とも友達なんだよね。あとで話してきていいよ」

「結構です。業務を再開します」


 それにとても軽口とともに入っていける空気じゃない。会話の雰囲気的に、男性の方から猛アプローチをかけているようだった。尾崎さんは、戸惑いつつも受け入れてる感じ。昨日今日の浅い付き合いではないのだろう。

 いや仕事に集中しろよ。


「ムール貝のマリネでございます」


 僕は店員であり、お客様にとって背景だ。聞き耳なんて趣味悪いだろ。


「店員さん」

「お伺いします」

「知佳とどういう関係?」

「弥彦くん!」


 店員のコスプレをしていたため逃げられなかった。注文かと思い足を止めたのに。


「……クラスメイトでございます」

「……そんだけ?」

「あーもうやめてよぉ」


 男性は挑発するように僕を見上げている。無理もない。いざデートでちょっと奮発しようとしたら彼女の知り合い(男)が働いていたのだ。そりゃ面白くないだろう。


「さっきからただの知り合いって言ってるでしょう」

「だって、知佳。急に変だぜ。こいつ見たときから」

「ごめんね秋葉くん。この子反抗期だからさぁ……」


 あ、子供扱い。それは悪手だ。


「んだよ、せっかく連れてきたのに」


 弥彦くんはぶんむくれだ。僕がここに存在してなければ彼のデートプランは完遂され、いい雰囲気のまま夜を迎えたことだろう。申し訳ないなぁ。


「だからありがとって。おいしいよ来れてよかった。こんなご馳走食べたことないもん」


 尾崎さんは必死に手刀で謝辞を示しながら彼を宥めていた。自分が邪魔者であることはわかったので休憩を取って逃げることにした。


「いやー初々しいかったねぇ。お姉さんきゅんきゅんしちゃった」


 ノーゲスになるなり渚さんが話しかけてくる。あれから二人はつつがなく食事を終え帰って行った。大事にならずによかった。最悪僕と弥彦くんで試合決定していたかもしれない。


「渚さんにもああいう恋愛してた時期があったんですか」

「勝手にスレた女枠にはめ込むな。あたしは純情がウリなのよ」

「今やスマートフォンは辞書代わりになります。純情の意味を調べてみてはいかがか」

「……童貞うぜえな」


 コンプラに厳しい現代社会でそんな発言したら存在が抹消されるぞ。もうすぐ就活も始まるのになんと嘆かわしい。


「でもさぁ、本当にただのクラスメイトなの?」

「どういうことです?」

「なーんか怪しいのよね、女のカンだけどさ。晴人くんを見る目が、乙女な感じがして」


 あーこういう邪推する人、いるよねー。そうだったら面白いなって気持ちだけでからかうの、辞めてほしいんだけど。


「童貞だと罵っておきながら急になんですか」

「いや、晴人くんに春が来たらお姉さんも嬉しいし」


 言われっぱなしも癪だので、反撃を試みる。


「じゃあ渚さんが春を届けてくれてもいいんですよ」


 不意に真剣な顔で口調で。一歩近づくと渚さんはびくっと飛び退いた。


「……なに急に」


 嫌悪感はなさそう。どころか顔を赤くしていて、照れてるっぽいな。あえて無言で見つめ合う時間を作る。いつもは押せ押せの彼女が怯んでいる。


 もうちょっとからかおうと思ったのに、こらえきれずに吹き出してしまった。

「ふっ、冗談のつもりでしたが、純情な渚さんは本気で受け取ってしまいましたか。すみません。その気にさせるつもりはなかったのですが、僕には心に決めた人がいるので」


「うわぁ、嫌な奴だね……クラスでぼっちなのも納得だわ」


 数々の侮辱に対してちょっとやり返しただけなのに、酷い言われようだった。




「おい店員」


 数メートル手前から視界には捉えていた。しかし僕に用があるとも限らないしな。気づかぬふりで校門を通り抜けようとしたが叶わなかった。


「やあ、弥彦くん。おはよう」


 昨日の彼も同じ学園だったらしい。襟章を見るに一年生、やっぱり年下だったんだ。

 工藤弥彦。尾崎さんの彼氏。データベースへ登録する。まさか後輩の名が今更増えるとは予想外だった。


「にやにやすんなよ」


 僕にしては精一杯友好的な笑みを浮かべたのにお気に召さなかったようだ。

「……何か用かな?」

「ちょっと時間」


 指で校舎裏に来いと告げてくる。このクソ生意気くんをボコボコにしてやるのは簡単だが、尖りたくなる事情も察せられるので我慢する。


「はるさん友達?」

「知り合い、かなぁ?」


 ひなたは不思議そうに両者を見比べている。僕と後輩男子との接点に興味深々らしい。


「女連れかよ……」

 ひなたの登場で弥彦くんの勢いはやや萎んだように見えた。


「なんか呼び出しくらっちゃった。ひなたは先に行ってて」

「はるさん何したの」

「僕には一切の落ち度はないんだけど、結果として彼に悪いことをしてしまった」

「それは謝らなきゃダメだよ」

「そうだね。弥彦くん、昨日は邪魔してごめんなさい」

「邪魔するのはよくないよ」

「いやーだってクラスメイトの尾崎さんとこの子が一緒にプラジュに来てさぁ。僕と彼女が知り合いだったばかりに変に勘ぐっちゃって、結果僕のこと敵視しちゃってるみたい。まいったよハハハ」


「いいから来い! 授業が始まるっ」


 きちんと謝るだけ謝ってあとはひなたと会話しつつフェードアウト作戦は失敗に終わった。

 しぶしぶ彼女を先に行かせ、同性からの校舎裏への呼び出しという一ミリもときめかない状況に付き合うことにした。


「で、改めて何の用?」


 弥彦くんはなかなか口を開かない。イライラしてるのは見て取れる。僕に対してだとしても八つ当たりなので勘弁してほしい。


「知佳と……昔からの仲か?」


 昔? 昔って……尾崎さんとは現在同級で。それ以前も読み込めってか。

「いや、そんなことはないと思う。中学は……あっ、一緒みたいだね。でも同じクラスにはなったことない」


「おかしいんだ、昨日からあいつ。ぼーっとして上の空で」

「初めての大人のデートにメロメロになったんじゃない?」

「喧嘩売ってんのかてめぇ」


 かなり気は短そうだな。僕は言葉を選んで要点を伝える。


「面倒だからはっきりお伝えしておこう。僕と彼女は何もない。名前年齢性別より先のことを全く知らない。たとえ小中高一緒だったとしても、意図したものでなければ接点もない。昨日は邪魔したと思うが、僕の存在がキミの恋路の障害にはならない」


 だからこの話は終わり、という意向を込めて理路整然と一から十まで説明したつもりだが、相手はでもでもだって……といった感じ。


「あいつがいつか行ってみたいって言うから、店に連れてったんだよ。そしたらお前に会って……そっから変で……」


 鬱陶しいなぁ。偶然に決まってるだろう。そんなに気になるなら、彼女に直接聞いてみればいいだろうが。聞いても要領を得ないから僕に詰めてきてるんだろうけど。


「密かに僕のこと好きだったとか?」


 半分おふざけ、半分挑発のつもりだった。怒って殴りかかってきたらやり返そうなんて考えもある。

 けどそれは全く予想外の角度から。拳じゃなくて言葉で僕は殴り飛ばされた。


「……お前、水泳やってたか?」


 心臓が跳ねた。だけじゃない、きゅっと鷲掴みにされたような痛みが胸に。

 あぁ、まだこんなに過剰に反応するんだ。早く埋めてあげないとな。いつまでも引きずって、みっともない。


「………………関係あるそれ」


 答えることはできなかった。でも彼は察してしまっただろう。こんな雑な誤魔化し通用するはずない。


「…………チッ」


 合点がいったのか弥彦くんは俯いていた。ちょうど予鈴が鳴り、会話は途切れ去って行く。

「関係、ないだろ」

 舌打ちしてえのはこっちだっての。

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