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第一章ー②

「ひな」


 週末、母の帰りは間違いなく遅い。そういう店で働いている。

 だから僕たちは、週末の深夜だけは、二人っきりで自由なのだ。


「ちょ、いきなりだなぁ……んぅ!」


 髪を乾かし終えてすぐ覆い被さる。ムードも何もない。待ちきれずにがっつく動物みたいだ。


 風呂上がりのひなたからはいい匂いがする。あちこちに舌を這わせながら『準備』を推し進めていく。唾液を塗し、時折ちゅうと吸いつきながら、清めたばかりの彼女の身体を僕で汚していく。


「もう……」


 ねばっこく。しつこく。快楽を送り込むほど相手の緊張はほぐれていく。こちらに身を委ねてくれる。


「ここ?」


 指を使ってのフェザータッチ。脇腹は彼女の弱点だ。震えが走ったところで首筋を舐めあげる。潤んだ瞳で僕のすることを見ている。切なげな表情がそそる。しているだけで、こちらの準備は勝手に整っていく。


「感じるところばっかり……」


 自分にテクニックがあるとは思わない。だが何回も身体を重ねて、この子のことを知り尽くしている自負はある。


 しかしそれに甘えたりせず、常に新しいウィークポイントを探していく……というより開発していく。執拗に責め立てて、それが快感なのだと脳に覚えこませるように。


 足の指の谷間に舌を。微かに反応を示す。くすぐったそうだ。しゃぶりつくように指を一本ずつ咥えて吸いつく。


「どこで覚えてきたのそんなの」


 ネタの出所がM男くんの自宅へGO的な動画だと悟られるわけにはいかない。


「ひなたの身体の隅々まで愛しくて、つい」

「そんなとこまで舐めるのに、ちゅーはしてくれない」


 それはお前が悪い。


 そのままくるぶし、膝、ももと美しいラインを伝って、そこへと到達する。

 ショーツを剥ぎ取りあらわにした股の間はもうじんわり濡れていた。潜り、わざと音を立てながらすすってく。


 卑猥な水音が和室に響く。


「ひっ、あ、うぁ……はる、さんっ!」


 ひなたはよがり快感を逃がそうとする。させない。舌を突っこみながら追いすがる。それで内部をぐちゅぐちゅにかき回す。彼女の声のトーンが一段上がってく。


「うぁ……うぅ、う、はっ……ぁあ!」


 過剰なまでの準備。だがやめない。僕から離れたくなくなるくらい、追い詰める。


「----いっ」


 開かれた股ぐらは達するとともにきゅっと閉じられ、太ももに頬が挟まれる。息が苦しくなりながらも、痙攣しつつとろみを垂れ流すそこへと追撃を仕掛ける。絶頂の余韻を長引かせるように舌を割れ目に沿ってなぞらせた。


「んぅぅ! やり、すぎよぉ……」


 調子に乗りすぎたかストップがかけられた。色んな液体でべとべとになった僕の顔をぬぐってくれる。


「……えっち」


 そして彼女の手が僕の下着を抜き取った。待ってましたとばかりにそいつはぼろんと彼女の前に姿を現す。

 昂ぶりすぎて苦しいくらいのそれに彼女は見入っていた。


「……おっきすぎ、だよぉ」


「自分で言うのはダサいよはるさん」

「だってゴムはいんねこれ。きっつ」

「成長期なの?」

「前はぴったりだったのに」


 新しいサイズに買い直さなければいけない。俺は誇らしい気持ちになった。

 デカければデカいほどいいんだ。だって男だからよ。強え男の証みてえなもんだろ。


「つけなくてもいいけど」


 一瞬「えっ、マジ!? いいの?」と思ったが駄目に決まっていた。


「いいわけないだろ」

「はるさんがしたいなら、わたしはかまわない」


 本音を言えば。叶うことなら。僕はこんなもの着けたくないし、ひなたとの間に愛の結晶が宿るなら、望むところだ。


「どうせなら気持ちいいほうが、ね。いいと思うけど」


 けどそれは許されないことで。ましてや一時の快楽ほしさにその選択をするなどあり得ないことで。


「いやじゃないよ、わたし」

「…………」


 彼女の容認の仕方がなんとも痛々しい。自分が僕の身勝手で傷つくことを、何とも思っていないような。


「できても、気にしなくて--」

「ひなた」


 彼女の背に手を回し、強く抱き寄せる。その言葉は吐かせてはいけない。強引に遮る。

「そんな無責任な真似、できない」

「…………」


 僕らはまだ17歳で。人生の5分の1程度しか生きてない。18歳になれば成人かもしれないが、そこを境にすべてが成熟するわけじゃない。悔しいが僕は現状、彼女一人でさえ養っていけない。


「子供が生まれるからには、幸せにしないといけない。だろ?」

「…………そうだね」


 やや萎みかけた状態でゴムはちょうどだった。きちんと装着しひなたと一つになる。


 溶けて、混じり合って、お互いを感じて。

 ぬくもりを、共有する。

 



「あのね、はるさん。シフト……」


 数日後の昼休み。ひなたはまだ僕と昼食を共にしてくれていた。しかし以前と違うのは、彼女は少しずつクラスに馴染み始めているようだった。何考えてるのかわかんないキャラで通ってたのに意外とノリがいいと発覚したため、あちこちから引っ張りだこになっている。


「ひなちゅー」


 こうして僕との会話の最中であっても呼び出され、アプリの通知に支配された哀れな者たちと写真を撮っている。写真なんて自分が撮りたいときに撮れよ。撮らなきゃって義務感だけ植え付けられてどうでもいい写真あげる奴、AIに己のオールを委ねるな。


「…………」

 ひなたは、女子高生をしていた。女の子3人並んで7割方顔を隠しながらカメラに生半可ピースをしている姿は、教室という舞台において実に違和感がない。


 その様子をもそもそインゲンを食いながら半目で眺めている僕の方がよっぽど、おかしいんじゃないか? ひなた抜きで飯食ってても誰も話しかけてこないし。


 薄々気づいてはいた。認めたくなかっただけで。


 ひなたこそがハンバーグであり、僕はインゲンでありニンジンだったのだ。


 子供のころから、僕にとって彼女は守らなきゃいけない存在だった、だから言葉はよくないが、主導権は僕が常に握っていたと思う。


 しかしひとたびホイルをナイフで突いてみればどうだ。露わになった圧倒的格差。あいつが主役で僕が脇役。なんなら脇役がうざいから主役が目立たなかったまである。

 あんな可愛い子と僕が釣り合うわけ……ないよね。


「はるさんただいま」

「あなたは大樹。わたしは枯れ枝」

「新曲の歌詞?」

「ひなたさん、僕にかまわなくていいですよ。新しいお友達とご飯食べてきたらいいじゃないっすか」

「なんで拗ねてるの。一人にしてごめんだよ」


 自分にとって一番の存在に、自分以外の一番がいると知って泣きたくなるんね。愛情っていつも独りよがりなんよね。


「でね、来月のシフトなんだけど」


 ひなたは我が胸に去来した切なさなど一顧だにせず、元の話題に戻そうとする。


「お金ももう……ね、結構がんばったからあるし。残り少ない高校生活だしさ」

「ひなたがしたいようにすればいいと思う」

「うん……ありがとう」


「僕以外の人と遊びたいんなら行けばいいよ」

「何言ってるの。わたしははるさんが一番だよ。はるさんがいなきゃだめだよ」


 やめろ、慰めるな。まるで僕がメンヘラ彼氏みたいじゃないか。

「ともかく、もういいんじゃないか。額に余裕はある。受験のために出勤減らしたいって言えば文句はでないだろ」


 先を考えないなら辞めてもいいくらいだ。高3の夏前だ、雇う側も理解してくれるだろう。

 ひなたは揺らいでいるのかもしれない。今までしてこなかった人との交流に飢えているなら、とてもいい傾向だ。バイトバイトで全部断るしかなかったからな。


「わたし、人と過ごす時間を増やす。はるさんも、シフト減らして」

「なんで僕まで」

「だってわたし、カラオケ行ったことない。ボウリングも。ダーツも。はるさんが教えてくれないとなんもできん」

「ひなたが行ったことないってことは僕もないってことだぞ。一緒だろいつも」

「じゃあ下手くそ同士の似たもの同士で皆に笑われればいいんだ」

「おーい。君たち二人とも」


 またしても会話が遮られる。誰じゃ邪魔すんのはと振り返るとなんと担任教師だった。


「ご飯食べた? ちょっと先生に時間くれないかなぁ」


 ひなたと顔を見合わす。彼女はわかってないようだが僕には心当たりがあった。

「わかりました。いこう、ひなた」



 拒否したところで逃げられない問題なのだ。

 先生は個室をわざわざ用意してくれた。応接室だろうか。来客用っぽいソファに対面で座る。


「あのねーまあ本来は? 二人個別に聞くべきなんだけど、個人情報だし。でもまあ君たちの場合、お互い無関係ではないことだし」

 言いにくそうに、面倒くさそうに前置きして、二枚の書類をそれぞれ僕らの前に置いた。


『進路希望調査票』


「まずは秋葉くん。第一希望就職。第二希望進学。もうちょい具体的に書けないかなあ」

 申し訳ないと思う。熱心な者はとっくに受験対策や就活に力をいれてるはずで、この時期にノープランなどあり得ないだろう。

「大学に行かないのは非常にもったいないと思う。あなたの成績ならね。国公立だって目指せるはずよ」


 先生の言うことはわかる。なるべく学費を抑えつついい大学を出れば、高卒で就職するより将来の生活は豊かになるだろう。

 しかし僕は、そんな先の未来など見通せないし計画も立てられないのだ。


「先生、ご心配おかけします。しかし先生もご存じの通り、我が家の家庭状況は特殊で、今もバイトに明け暮れています。はっきり言うと、早く独り立ちがしたくて就職の道を選びたいです。親に負担をかけたくない」


 嘘は言っていないから、深追いもできないだろう。


「……うん、すごく立派だと思う。そんな不利な状況でありながらトップクラスの成績も保ってる。だからこそ進学を勧めたくなっちゃうのよね。ごめんなさい」

「いえ……僕も環境が許すなら受験したいと思っています。でもそのためにいま講習を受けたり志望校を定めることはできないんです」


 さっき来月から遊ぼうぜって話してたくせにな。


「わかりました。それで……加納さんの方だけど」

 ひなたは第三希望までびっちり『未定』と書いていた。これじゃあ呼び出されるに決まってる。もっと擬態する努力をしろよ。

「未来はわかりません。可能性は無限にあります」


 お前は具体的な言葉を使わずやんわり人を励ます系作詞家か。


「……そうね。もちろんそう」

 ほらー先生困っちゃってるじゃん。めんどくせえなこいつって顔に書いてあるじゃーん。


「でも選択肢の中から道を見据えることで、より努力できたりするものなのよ」


 ひなたの成績は並程度。無理のない大学を適当に調べて書いとけばいいものを。いや、僕もそうしてないから呼び出されてるんだよな。


 僕たちの道はおそらく一本道で、多分ひなたは譲らない。ずっと前に決めてたことだから。


「あー先生。すみません。僕の受験も危ういのでね、ひなたはもっと……なんです。決まったらお伝えしますし、なるべく迷惑かけないようにします。無論、決めかねていたせいで発生する不利益も、自分たちで精算しますので」


 ごまかしておけばいい。誰に話しても理解されやしないのだから。

 長い長いため息を吐いて、先生は僕らを解放してくれた。

 昼休み終了間際で人の減った廊下を歩く。


「はるさん受験するの」

「……知らない」

「がんばってね」


 受験をすると言えばひなたは喜ぶだろう。


 現状その気はないが、だからって普段の学業をおろそかにするつもりはない。未来はわからない。選択肢は多いに越したことはないだろう。

 テストが終わったばかりのだらけきった教室の中で、僕は今日も授業に没頭する

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