ふたりの美人
どうにも不快だった。数回に亘って後ろを振り返る。気を取り直して踏み出した。まだ三月だというのに、日中は初夏のようだった。
年々増加傾向の体重に甘んじながら今夜のつまみの買い出しに行こうと、アパートに戻る前にスーパーに立ち寄った。缶詰めと乾き物をカゴに入れ、最後に刺身を選んだ。少し迷い、陳列棚から糖質ゼロのビールを掴む。
スーパーの階段を降りると、昼間とは打って変わった外気温に身を包まれた。小雨まで降り出してきたので、足早に帰路につく。
また振り返った。声をかけられたような気がしたからだ。雨の匂い立つ薄闇のアスファルトに、背の高いスーツを着た中年の男が立っていた。
「あれ? もしかしてこの間うちに来てたひと? いやあ、従業員が失礼したみたいですみませんでした。いろいろと聞いてます」
名乗ってもいない相手に対して、呑気に詫びをいった。
「いえ、こちらこそなんども失礼します。繊月工業株式会社の伊原等さんですよね?」
「はい?」
警察手帳を呈示したスーツ姿の男が、自分をフルネームで呼んだのでつい言葉尻があがった。
「訊き忘れたことがあり、また伺いました。あなたに折り入って、お訊きしたいことがあります」
「あ、私でよければ。なんでしょう?」
「新年会のことです、先月の」
「ああ、雪の日の? それがなにか?」
「あなたの部屋でした新年会、予約していた店はキャンセルしたんですよね?」
「キャンセル? 居酒屋のことですか?」
「ええ」
「いや、あの日は当日の朝に急に新年会が決まったから、出勤早々に」
「急に? 店を予約してたんじゃなかったんですか?」
「毎年二月の初旬が恒例だったけど、のっけから凄い雪だったでしょう? だから今年は店に予約はしなかったんです」
「八日の夜も凄かったですよね?」
「あー、どうしてもって頼まれたから」
「どうしても? あなたの部屋で新年会がしたいと、誰かに頼まれたんですか?」
「ええ、こりゃあ仕事終わりに買い出しに行くのに骨が折れそうだなって。なんせ凄い積雪でしたからねえ。結局のところ俺は部屋を提供して、社宅で待ってただけですけど」
「八日の夜七時ごろから、十一時くらいまで新年会をしたあと、解散したんですよね?」
「あ、はい。いや解散は夜中の三時くらいでした。気乗りしなかった割には、みんなでやたらと盛り上がって。千隼なんか途中で寝ちまったくらいです」
「解散は九日の三時ですか――八日の朝、どうしても新年会がしたいと頼まれた。買い出しは、頼んだ従業員がしたんですか?」
「そうですけど……」
伊原がようやく、怪訝な表情を浮かべた。
「あの積雪で新年会――雪見酒ですか」
「いや寒いし、それに社宅で野郎五人で雪見酒なんて、そんな立派なもんじゃあ……社宅だと深代さんやお嬢さんの仁和子さんも呼べないし。せっかくだから、他の日にしないかって言ったんです。須藤さんも迅翔も別の日がいいって。最初は千隼も面倒だって言ってたのに急に買い出しに……あ、そうだ。こいつが刑事さんに迷惑かけたみたいで、すみませんでした」
人の良さそうな伊原が頭に手をやった。
「では、二月八日の夜に行われた新年会の提案をしたのは、同じ会社の従業員〝椿知武さん〟で間違いないでしょうか――」
「え……はい。そうです、椿です。怪我もしてっから、よそうって言ったんですが」
「怪我? 椿さんのことですか? 彼は八日の朝の出勤時に、怪我をしてたんですか?」
「いや、大した怪我じゃなかったんですけどね。顔色悪いし、目や口の横に痣ができてたから。あんな温厚な奴でも喧嘩するのかって、少し驚いたんです。でもまあ男ですからねえ。まだ二十七だし、女を巡って揉めたりしたんじゃないですか。あいつは線が細いけど、色男だから」
「椿さんの怪我なんですが――左顔面の瞼、頬骨あたりが腫れていませんでしたか?」
「いや、そこまでは。擦り傷みたいな感じでした。左顔面かどうかは……うーん、思い出せません」
「日下部さんはどうでしたか? 彼も顔に怪我を?」
「千隼ですか? いえ、やつは全くといって――」
「――伊原さん、最後にひとつ。椿さんの片方の目は、前が見えないほど怪我で腫れ上がってはいませんでしたか? とくに瞼です」
「え? いやそんな大怪我じゃありません――目の上じゃなくて、目の下当たりに青あざがあったような、腫れてた記憶はないなあ……内出血みたいな感じです。あと口の横が切れて腫れてたから、目立ってた傷は目というか、むしろ唇の傷ですかねえ」
「羽澄社長は大阪に出張だったんですよね? 奥さんの彩音さんは、椿さんの怪我のことを心配していましたか?」
「いえ、その日奥さんはインフルエンザで会社を休んでましたから」
「――羽澄彩音さんが、二月八日は欠勤……確かですか?」
「ええ間違いありません。何しろその夜が新年会でしたから。奥さんは、週明けの半ばくらいから出勤してたかなあ」
社宅に戻っていく、伊原の大きな背中を見送った。少し歩いた先の、有料駐車場の敷地に入る。運転席に乗り込みエンジンをかけた。ハンドルに肘を付き、つい親指の爪を噛んだ。悪い癖だ――。
水草直己は白潟署に設置されている捜査本部へ向かう為、アクセルを踏み込んだ。
**
帳場に戻ると勢いよくパソコンを立ち上げた。明日の朝の捜査会議の資料作成に取り掛かる。アイコンをクリックしてフォルダを開くと、ドアの開く音がした。
「おい水草、朗報だぞ」
顔を上げると、捜査一係長の司馬が興奮気味に会議室に入ってきた。
「お疲れ様です、なにかありましたか」
「鑑識で戸籍を調べた結果だ。マル害は妻の麻由子とは初婚だったらしい」
「臼井麻由子が供述した前妻は、マル害とは内縁関係だったんですか」
「そういうことだ」
「身許の割出しはどうですか」
「朗報ついでに、所轄の倉田が聞き込みで入手した。マル害の雀荘仲間から仕入れてきた」
「博打ですか」
「住民票によると臼井実は、二十九歳時に千葉から島根に移住してる。その際、内縁の妻と子どもと一緒にだ。亡くなった前妻の名は臼井ヨシエ。子はトモムとアオイだ」
「子どもは――内縁の妻との間の子は、兄と妹なんですか?」
「そうだが……」
「姓は、旧姓じゃないんですか」
「内縁だが、臼井の姓を名乗ってたんだろう」
「移住は十年前ということですね、息子は当時何歳だったんでしょうか」
「まだ、捜査段階だ」
「司馬さん、現場の世帯主の長女の会社の従業員に、同じ名の二十七歳の男がいます。例のアリバイ証言の――」
「なに? 確かか」
「同名というだけで息子という確証はありません。しかし三回、聴取に行きましたが……臼井ヨシエの姓は、おそらく〝ツバキ〟です」
トモム──羽澄彩音の二月八日から九日にかけてのアリバイ証明をした、従業員と同じ名だ。死体遺棄の前日である八日の朝に新年会を提案した、繊月工業株式会社の〝椿知武〟と同じ名だ──。
「なぜ、椿は無理に新年会を提案したんでしょうか? 死体遺棄に自分は参加してないという、アリバイ工作でしょうか?」
捜査本部のデスクに横並びに座る星野が、資料作成のタイピングに精を出している。
「いや、椿が〝美人〟であれば、新年会に自分が出席すると九日の死体運搬には参加できない」
「ってことは美人の正体は、やはり羽澄でしょうか」
「そういう推測になる。八日の朝からインフルエンザで五日程度欠勤してたらしい。しかし逆も然りだ」
「美人が椿知武ということですか? 八日の新年会を提案して参加したのに?」
「羽澄と椿と日下部が、明け方近くまで会社で過ごしたという供述は虚偽だ。インフルエンザの上司が、二人に夜食を作れないだろ」
「三人でアリバイ偽装をしてたのか。やはり怪物は日下部で、美人は羽澄彩音か椿知武のどちらかじゃないんでしょうか? しかし伊原に口止めをしなかったんですね、これじゃ簡単にアリバイ崩しができる」
「それは俺も腑に落ちない。あと椿知武が八日朝の出勤時、顔に怪我を負っていた。日下部は無傷だ。新年会の解散が三時だから、二人には逆にアリバイができたんだ」
「あれ、解散は十一時前ですよね? ムーンピラーが現れたのが九日の未明の四時だから、解散後に、死体の運搬を三人のうちの二人でしたという可能性もありますよね? だから三人で、アリバイ偽装をしたんじゃないでしょうか。インフルエンザで休んだ羽澄と、椿と日下部が合流して死体運搬をしたとか」
いつになく、星野と交わす会話の噛み合わせが悪かった。水草は自嘲した。
「すまん、やり直しだ」
「えっ、また野郎の会社に行くんですか? 今度こそ日下部の奴を確保してしまいそうです。あ、本件取調べの名目で別件逮捕で勾留するのも有り……」
「いやそうじゃない、順序立てる」
「え、はい……」
水草が脚を組み直した。指の背を唇の下に押し当てた。
「従業員の伊原によれば、新年会の解散は九日の三時だ。椿知武の怪我は、軽度だったようだ。左顔面の強度な怪我や、片目が潰れていたという証言は得られなかった。繊月工業の従業員、伊原等の証言だ。椿が無理に新年会の提案をしたのは、八日の夜にアリバイをつくりたかったからだ。迂遠的にだ」
「迂遠的? どういう意味でしょうか?」
「暗に、羽澄彩音のアリバイ工作だ。二人で偽装し合ってるってことだ。遺棄時刻が判明した日に繊月工業にアリバイ確認に行った際、羽澄が名を伏せて『その従業員は普段は内勤だが、あいにく外出してる』って、訊きもしないのに自ら言ってたろ? カーキの作業上着にネクタイ姿は椿知武だけだった。あとは全員上下、濃紺のデニム地の作業着姿だった。俺達の目を他の従業員ではなく、椿に惹きつけるためだ。内勤は事実だが、初動捜査後に俺が羽澄彩音の聴取をした後で、二人で口裏合わせをしたんだろう。さすがに従業員全員に、アリバイ工作をさせる訳にはいかないからな」
「え……でも、そのためにですか? 怪我をして具合も悪いのに、勤務先の社長の嫁さんのために? 現場の世帯主の長女がたまたま勤務先の上司だったから、その嫌疑を晴らすために、わざわざ新年会を企てたんですか?」
「ある意味に於いてはそうだが……仮に死体運搬の前日に、二人で共謀しマル害を殺した後の役割り分担かもしれない。椿の怪我は軽度だったらしいからな。伊原が女のことで、揉め合いでもしたんじゃないかと言っていた。マル害と羽澄になんらかの因果関係があり、椿が加担した――死体運搬には怪物と羽澄は参加したが、椿と日下部は社宅の伊原の部屋に居た」
「そうか……美人にも暴力を振るいやがったのか、なんて奴だ……」
完全にマル害を敵視している、星野の横顔を窺った。おそろしく早いタイピング音が会議室内に反響している。
「おまえ、なんでだ」
「え?」
「論理的に考えれば、椿知武は死体運搬に参加できない。八日の夜から新年会を始めて、九日の三時ごろまでは伊原の部屋で新年会に出席してたんだ。なぜあいつが『美人』だと思うんだ」
「あ、いや、言われてみたら中性的だなと思っただけです。彼も『美人』に当てはまるから、深い意味はなくて……さっき、八日朝の出勤時に椿が軽い怪我を負っていたと水草さんが言ったので……椿は怪物と二人で、マル害との争いに巻き込まれたのかと……」
「二人で争いに?」
「はい、マル害はボクシングのプロを目指してたんですよね? そんな奴のパンチをまともに喰らえば誰だって顔が怪物になるし、軽度だったとしても椿知武も被害を被ったということになりますよね?」
水草が、押し当てた指を左の口角に持っていく。
「椿の口の端が切れて、顔に皮下出血があったのは、椿が日下部ではない『本物の怪物』の側に居たからだと言いたいのか?」
「え……と、なにかまずかったでしょうか……」
星野が肩を竦める。タイピングの手が止まった。
「いや……椿を美人候補にしたのは俺だ。しかし九日には『新年会』というアリバイがある。だから椿は死体運搬はできないということになるよな?」
「はい、不参加だと……」
「日下部は無傷だ」
「野郎はマル害よりタッパがありそうでした、しかし痩せぎすな体躯だったな……」
「二人は死体運搬に参加はできなくても、殺害に参加した可能性はあるな」
「えっ」
「おまえが言ったじゃないか。怪物──共にアリバイ偽装をした日下部と椿がマル害と接触し、殺害したってのはどうだ。そこに第三者である本物の怪物も居た」
「あ──」
「新年会に参加した二人は、怪物と美人候補からは却下だ」
「やはり美人は羽澄彩音で──殺害は七日から八日にかけてということですか?」
「動機が不十分過ぎるがな。羽澄彩音とマル害の接点は皆無だ。しかし架け橋がある」
「橋? ですか」
「マル害と椿知武が親子だという架け橋だ」
「そこに羽澄彩音が関与しているということですね」
「ああ。親子関係は、あくまで地取りで判明した事実であって、実際に定かではない。しかしいま重要なのはそこじゃない」
「どこですか? どの部分なんでしょうか?」
「二人は羽澄彩音のアリバイを証明したかったんだ」
「えっ? 振り出しですか?」
「三人で庇い合いだったからな。マル害の内縁の妻の息子が椿だとすれば、怨恨だと仮定して、殺害したのは椿知武と日下部だとする。九日に運搬したのは羽澄彩音だということだ。羽澄彩音のアリバイを偽装したのが、軽傷だった椿知武と無傷の日下部千隼だ」
「すみません……例によって混乱をきたしています」
星野が額に右手を寄せた。
「羽澄彩音による死体運搬を、隠すためだ」
「犯人隠蔽ですか――」
「新年会に参加することなく、左顔面に怪我を負った奴は誰だ――それこそ星のかずほど存在する。そしてなぜマル害の息子である、椿知武が『美人』の正体ではなかったんだ」
正に水草の自問だった。
頭から手を離した星野が、前屈みで水草に視線を向けた。
「日下部が無傷である以上、怪物は別に存在する。前にもいったが、俺は奴がクロだとは思えない。あいつは事件に関与してるんじゃなく、関与してる椿と羽澄を助けたかっただけなんじゃないか」
「なぜですか? あんな野郎がですか?」
「あれは故意だ。言ったろ? 手を叩いて気を引こうとしてただろ?」
「鬼である水草さんの――」
「どちらかというと、おまえだ」
「しかし警察を出し抜こうなんて……」
「親子関係だということが実証せずとも、椿知武を任意で引っ張ることも出来る。しかし現状では無理だ。なにしろマル害の子どもがトモムというだけで、漢字も苗字も分からないからな」
「椿知武の妹も、名が『アオイ』ということしか分からないんですよね?」
「そうだ。その『アオイ』が鍵を握ってる可能性も無きにしも非ずだ」
水草が大袈裟に音を鳴らす古いプリンターに、視線を投げる。
「あと――椿が伊原に口止めもせず、安易に崩せるようなアリバイ工作をしたのは、死体運搬の予定が〝未定〟だったって見解もありだ。自分がこれから始まる予定の死体の運搬とその現場には不在だと、従業員全員に証明したかったということだ。だから、朝っぱらから所望した新年会は、羽澄彩音の死体運搬のお膳立てかもしれないな」
「お膳立て……」
星野が尻すぼみな口調でこぼした。
「だから、おまえがアタリだ」
「え、アタリ? 俺が? なんのアタリですか?」
星野がなんども同じ呟きを繰り返す。その横に座る水草が、胸裏の呟きを声に出す。
「とんだ勘違いだ――」
「俺のアタリがですか?」
「おそらくあいつはこれから始まるであろう〝死体の後始末〟のために、ひと肌脱いだだけだ――お膳立てはするが死体運搬に参加できない確たる理由が、存在するはずだ――」
「お膳立ての理由……ですか」
「アリバイ工作は椿自身のためだったと言った、おまえがアタリだ。それは羽澄が死体を運搬してる時刻に、迂遠的に羽澄彩音のアリバイを実証したかったからだ。二人が互いにアリバイ偽装し合っていると言った、俺の見解はハズレだ」
**
翌日、朝の捜査会議で捜査状況の報告が終わり、星野の運転で捜査車両に乗り込んだ。
「あの……〝美人〟の二人が関係を持っているという見解は有りですか? でなければ、椿がここまでのアリバイ偽装をするでしょうか? まずは自分のアリバイを準備立てしてから、羽澄のアリバイを作るなんて」
「四十九歳と二十七歳でか? 親子ほど歳が違うだろう」
「自分は、歳上の女性も好きです」
「おまえ、二十八だったな。五十近くの女もありなのか?」
「全然ありです。五十代でも魅力的なひとはいますよ。俺、好きな女優さんいますけど確か五十五歳だったような――」
意外なことばに水草が目を丸くする。
「そうか」
「ありですね」
「なにが」
「二人の関係性です」
「いや、ないだろう」
「どうしてですか、いまどう見ても有りだという顔してましたよ」
「勘違いだろ」
「見てください、コレ」
星野が好きな女優を、早速スマートフォンのウェブ画面上から水草に見せる。
「嫌いじゃないでしょう? 日本人でこの国民的女優を嫌いな男はいない」
「いやに自信があるな」
「どうですか、好きでしょう? 五十五歳でこの美しさです」
「まあ、嫌いではないが……」
「水草さんは愛妻家だからなあ」
「知ったふうなことを言うな」
星野が女の話しを始め出すと、終わりが見えない。そろそろ打ち切りにしようと、助手席で腕時計を見ながらふと声に出した。
「椿が羽澄の為に、アリバイ偽装をする理由はなんだ」
「そりゃ、共犯だからでしょう」
「椿が犯人だとしたら、マル害を殺す動機はやはり私恨だろうか」
「嫁さんを放置して何ヶ月も遊び歩いてる男なんて、ろくなもんじゃないですよ。前妻とも籍を入れてないなんて、なんて野郎だ。私生児の椿知武も妹も、とんだ男が父親になったもんです、ある意味気の毒です」
口を慎めと嗜めたいところだが、星野の言っていることは的を得ている。
「怪物も──羽澄彩音と椿知武を手玉に取ってる、いい加減なヤツなんでしょうか──」
思わず星野を凝視した。
「なんで、そう思う」
「いや、怪物は二人を放ってどこにいるんだろうって。水草さんも勘ぐってるように二人の背格好はマル目が言ってた〝美人〟にしか当てはまらない。二人とも髪が黒く、目ん玉の色まで同じくらい真っ黒です。しかも身長も二人して一七〇センチ弱です。マル害の息子である椿は候補から外れたとしても、犯罪に関与してる可能性が大いにある。いまのところ〝美人〟候補は羽澄ですよね? その美人を、椿がアリバイ工作で庇ってる。それ、怪物は知ってるんでしょうか」
「もっと具体的に言ってくれ」
「あ、つい――すみません。死体運搬をした相方の〝美人〟が困ってるのに、怪物は何してやがるんだって……」
「怪物を庇うためか――」
「えっ?」
「美人と勘繰ってた椿が美人候補から外れ、羽澄の為にアリバイ工作をしたのは、二人が共犯者だからだとさっき言ったな」
「はい……」
「怪物は、二人を手玉に取ってるんだよな」
「仮の話しです……」
「怪物のために二人が共謀して、犯罪に手を染める――怪物が、二人を手玉に取ってるからだ」
「あの……例によって頭が」
「おまえが言った」
「まあそうですが……」
「私生児だと言ったな」
「はい」
「椿知武は私生児じゃないだろう、マル害との年齢差は十二だ。前妻の連れ子だろう」
「あ……そうでした」
「要は、マル害と椿知武に血縁関係は無く、赤の他人だということだ」
「そうなりますね」
「母親が癌で死んだあとに、継父であるマル害と椿の間に何らかの問題が生じたのかもしれない、妹のアオイも含めてだ。十七歳で母親が亡くなり、妹と二人で、アカの他人である二十九歳の父親と暮らすんだからな」
「いい加減なヤツですからね、マル害は」
「だからと言って、殺していいかといえば大いなる過ちだ」
「……すみません」
「続きだ、星野。《美人》の二人を手玉に取ってる怪物は、どんな犯人像だと思う」
「え……それは――怪物が二人にとって、大切な化け物だからじゃないでしょうか……」
「化け物なのにか?」
「怪物に化ける前には、人間だったかもしれない。なにかの拍子で怪物に化けたとしたら《美人》の為にでしょうか?」
「だから《美人》が怪物を隠すためにアリバイ偽装をしてる。ホシは日下部を弾いたら、三人だということだな」
「水草さん、椿知武と羽澄彩音の関係が有りではなく、二人共に、ホシである怪物と因果関係を持ってるんじゃないでしょうか」
「五十四歳の女優はどうなったんだ」
「いやそこは置いといて……怪物はガタイの良い、背の高い男だった――美人の候補は、羽澄彩音ですが四十九歳です。一八五センチで九〇キロ近くもウエイトのあるマル害を、中年女性が運搬できるとは思えません。同じ背格好で痩せ型でも、断然力が強く若い男である椿が〝美人〟であるはずなのに、新年会という自分で仕組んだアリバイがある」
「新年会に出席した椿と、出席していない怪物が、マル害を殺した。遺棄現場を提供したのが、上司の羽澄彩音というわけか――二人の大切な怪物はどこにいるんだ――」
水草は省察した。二人が隠しているのだとしたら、二人に共通する大切なものとはなんだ――。
「直接の死因は、後頭部強打によるものだ。多数の創傷は、とどめを刺したとしか考えられない。弱者によるものならば、ナイフによる刺切創は痩せ型の椿による犯行か? マル害との因果関係は、椿によって作られている可能性が高い。殺害に及んだホシとしてマークするのは、事実上の息子の椿に絞り込んだ方がいいのかもしれないな……」
「怪物は森に隠れてるかもしれません、水草さん――木を隠すなら森……水草さんの言った〝強直性硬直〟その要因の中に、怪物が潜んでいるように思えて仕方がありません」
「そうか、じゃあ千鳥町のジムに行くか」
「気が合いますね、俺もそう言おうとしてました」