アリバイ
プラネタリウムを後にすると、星野の運転で白潟方面へ引き返した。来次ICから高速道に乗る。近場のプラネタリウムといっても県境近くなので、白潟市内までは約二十分程度の道のりがある。
「しかし、良いひとでしたね。爺ちゃんを思い出しました」
「そうだな、アルバイトにしては知識が豊富だったから、定年後にそれなりに勉強したんだろ。普通のサラリーマンが天体に興味を持ち、まいにち夜空を眺めてるとは思えん」
「前職はなんだったんでしょうか」
「要するに、天体関係だろうか」
「訊けば良かった。でもプラネタリウムを見にいけば、いつでも会えますよね。水草さんのお嬢さんを誘ってみようかな」
「よしてくれ、おまえに会わせるとやたら喜ぶんだ。まだ小学生だからよそを当たってくれ」
「ひどいなあ、それ」
星野が苦笑った。
「羽澄彩音の会社に向かうんですよね」
「そうだ、二月八日夕方から九日未明にかけてのアリバイを確かめる」
「現場家屋に幼少期の九年間しか居住していなかった羽澄が、数十年後の死体遺棄事件に関与しているんでしょうか? 父親との折り合いが悪く、一家離散したんですよね」
「一桁の年齢で自我が芽生えるか? 再婚する母親の意向に沿い、従っただけだろう。数十年近く実家に帰っていなかったという供述も、虚偽の可能性がある」
「あのお化け屋敷みたいな生家に、帰省しますかね? しかも女です。例えば孫を見せに実父の元へ帰っていたとしても――確か羽澄の子どもは、三十歳の娘ひとりでしたよね? 十九で産んだのか……」
「ああ。住人がいなくなると、家は急に老巧化するもんだ。十年前に世帯主が亡くなるまえまでは、あんな廃屋でも実際父親が居住してたんだ。それに羽澄彩音に穴の有無を確かめたとき、家は古かったが、母親がいつも小綺麗にしていたと供述してた」
白潟西IC出口から国道に出ると、城方面へ進んだ。宍道湖大橋南詰交差点を右折して進み、県道二五三号に入った。白潟エリアへと突き当たる。宍道湖沿いから、羽澄彩音の勤務先へと向かった。
「しかし羽澄の勤務先件自宅が、遺棄現場と同じ旧八白郡だというのが解せない。そんな目と鼻の先に、死体を運搬するとは思えません」
「灯台下暗しっていうだろ」
「うーん、マル害との因果関係も見出せません」
「それをこれから洗っていくんじゃないか」
「怨恨だったとして、殺した相手を自分が生まれ育った家に遺棄しますか? 俺だったらあり得ない」
「嫌いだったんじゃないか?」
「え、家をですか?」
「いや、家族だ」
「家族が離散したからですか」
「ああ、家族が嫌いだったから、家も嫌いだったんだろう。そんな眼をしてた」
児童相談所の子どもたちの眼は一応にして、憂いを帯びている。羽澄彩音がさいごに見せた表情の中にある瞳が、それに酷似していた。なにかに憂えていたのだ。
「アルバイト従業員の月柱、ムーンピラーの情報が有力であれば、遺棄時刻は二月九日の未明にかけてだ。死亡推定時刻から遡れば殺害は、七日から八日にかけての可能性が高い。しかし今日も話したが、九日の明け方近くに運搬を始めるとは考え難い」
「九日の夜中に現場付近に到着してソリに乗せて、現場家屋に死体を遺棄する。帰り道を婆さんが目撃したとなると、遺棄に相当手こずっていたとも考えられますよね」
「そうだ。ホシは明け方になる前に、死体の運搬を終えたかったはずだ。しかし婆さんが未明の四時に、西に沈む地平線近くの月柱と二人のホシを目撃してる。穴から室内に死体を遺棄する時間が、ホシの予想を呈する結果となった。穴を広げた痕跡からも、穴の確認は事前には行われず、その場で初めて目にしたんじゃないか。こじ開けられた穴の上部の痕跡を調査した鑑識課員によれば、使われた工具はミニバールだった。トタン板の釘抜きのために、予めホシが準備立てていた可能性がある。穴隠しに立てかけられていたトタン板と、釘打ちされていたことは、事前に熟知していたということだ。あの積雪の中、車で死体を運搬したとしてだ。現場に到着してからのスタート時刻はどう長く見積もっても、ひとの寝静まる夜中の十二時前後なんじゃないか」
「ホシは『穴の有無のみぞ知る』って感じで、トタン板を外した穴が、予想外に小さかったということでしょうか。とりあえずは遺棄時刻に直結する八日の夕方から、九日明け方までの羽澄彩音のアリバイを押さえたいところですね」
「ああ、マル害と羽澄の因果関係は結び付かないが、アリバイ事実に基づき、浮上する可能性もある。二月九日前後に、左顔面に怪我を負っていた男の洗い出しにも結び付くかもしれない」
捜査車両から羽澄の会社に連絡を入れ、再度聴取を願い出た。国道を宍道湖沿いに西方面に進むと小さな湖沿いの街、宍道町にたどり着いた。
羽澄は二階の事務所に上がると、すぐさま戻ってきた手には大き目の卓上カレンダーが握られていた。
「わたしは手帳を使わないので、全てこのカレンダーに予定を記載するんです。パーテーションが無いので、社員から丸見えですが」
会社の専務取締役である羽澄彩音は、首を竦めると表情を緩ませた。
「二月八日の夜は確か……仕事帰りに近場のスーパーに食料品の買い出しに行って……積雪が凄かったので、徒歩で行きました。夕食は娘の仁和子と二人で済ませました。その日は主人が大阪に出張に行っていたのですが、積雪による交通のダイヤが乱れて滞在を延期したので不在でした。凄い積雪でしたので、社宅の従業員たちが気になって、夕飯は済ませたのかと心配になりました。女性一人を除いて、五人は皆一人暮らしなので……夜は飲み会から帰ってきた社宅の従業員に、たまたま出会って……あまり食べずに飲んだというので、ここで夜食を作りました。話しが弾んで、九日の夜中の三時過ぎまで一緒に過ごしました。小さな会社で社宅は男所帯ですので、従業員が皆息子のようで……大したものではないけど、ときどきここで夕飯を作ってみんなで食べたりするんです。娘や女性従業員も交えながら」
「そうでしたか。出来ればその従業員の方からも話しをお訊きしたいのですが、可能ですか?」
「勿論可能ですが、生憎いま外出中でこちらにはおりません。普段は内勤なのですが」
「では終業後にまた伺います」
「はい……十八時過ぎには、二階の事務所に戻っているかと思います」
また寄りますと、水草と星野は会社を後にした。
羽澄彩音が勤務する建築資材会社の繊月工業株式会社は、夫である羽澄義孝社長と羽澄彩音以下、羽澄の義兄、義弟の四人から成る家族経営だ。従業員は以下の通りであった。
・従業員 須藤信照 四十二歳
・従業員 伊原等 三十六歳
・従業員 椿知武 《内勤》二十七歳
・従業員 深代葵月《内勤》二十六歳【父・オランダ人 母・日本人】
・従業員 田辺迅翔 二十四歳
・従業員 日下部千隼 二十一歳
水草と星野は十八時を回ると、再度、繊月工業に出向いた。指定された会社の前の駐車場に捜査車両を停めると、車中から数人の作業服を着た男たちが見えた。
「あれが従業員でしょうか、皆いやに若いですね」
「行くぞ」
水草は助手席から降りて、会社の正面玄関のインターホンを鳴らした。
直ぐにカメラ越しに羽澄彩音が対応した。星野と応接室に通されようとしたとき、裏口から入ってきた二人の従業員と鉢合わせた。
背の高い男だった。水草より上背があった。上下デニム生地の作業着姿だった。胸には会社名と姓名の刺繍がある。顔立ちは幼く、十代のようにも見えた。頭が小さく妙に手脚の長い、所謂いまどき体型の若者だ。
「どーも。てか誰すか? 奥さん、このひと達」
「島根県警です」
羽澄よりも早く、星野が前に出て警察手帳を呈示した。
「捜査に協力を願いたいんです。羽澄彩音さんから聞いていますか? 但しあくまでもこれは任意です」
水草が若い従業員に述べた。
「協力? 島根県警が二度も会社にまで来て、なんのキョウリョクなんすか?」
「ああ、千隼。僕なんだ、おまえは上に行って日報作れよ」
若い男の後ろから、作業着にネクタイを締めた中背のある男が促した。
「千隼くん、警察の方と椿くんと私で応接室で話しがあるから、きみは先に事務所に上がってくれるかな」
羽澄も同様に、若い男を促した。
千隼と呼ばれた男は腑に落ちない様子で、ジャラジャラと腰に付けたウォレットチェーンの音を鳴らしながら二階へ昇っていった。
「お待たせしてすみません、椿と申します。あの、奥さん……専務から電話で、警察の方から話しがあると伺っています。あ……後輩がすみません、悪気は無いんです」
椿という従業員が決まり悪そうに、水草と星野を交互に見ながら頭を下げた。中背で色白な痩せた男だった。どことなく中性的な印象を受けた。
「すみません、うちの従業員が失礼な態度で申し訳ありません……悪気は無いんです、なんだか本当に……」
同じ台詞で羽澄も若い従業員を庇いながら、言葉尻を濁す。二人が立ち並ぶと、背格好が似ているように見えた。
「僕が警察の方がお越しになることを、日下部に言ったからです。申し訳ありません、若いので熱くなりやすくて……」
場が収まらないので、水草が切り出した。
「では、椿さん──こちらでお願いできますか。あと羽澄さん、今日は席を外して貰って構いませんか? 捜査上の規約がありまして」
「あ……そうなんですね? 分かりました。ではお茶をお持ちしたら、そこのパーテーションの中で残務処理をしていますので、なにかありましたらお声がけしてください」
羽澄が一階の事務机の方を指差した。
椿に促され、応接室に入る。ソファに従業員と向かい合わせで、水草と星野が腰掛けた。
「椿さん。羽澄さんから聞いて存じあげているかとは思いますが、私どもは島根県警の捜査員です。市内で起きた事件のことで、捜査に協力して頂きたいのです。可能ですか?」
「勿論です。あの、いま騒いでる……南八雲町の事件のことですよね?」
椿知武は、緊張気味に頬を強張らせた。二十七にしては童顔だった。離れ気味で切れ長な眼が印象的な男だった。
「椿さん、先月の二月八日の夜から九日の明け方にかけて、どこで何をしておられましたか?」
「え?」
「先月、大雪が降ったころです。二月四日の深夜から積雪がありましたよね、覚えていますか?」
「二年ぶりの大豪雪でしたから、よく覚えています。八日は──少し待って頂いていいですか」
椿は脇のソファに置いた黒い皮のトートバッグに手を入れると、スケジュール帳を取り出した。
「先月の八日と九日ですよね──ええっと」
細い指がページをめくる。黒髪や細身の体躯が、羽澄彩音にどこかしら似ているように、水草の目に映っていた。
「ああ、二月八日の金曜日ですよね? 思い出しました。その日は従業員五人で、新年会をしてました。凄い積雪だったから行きつけの店の予約をキャンセルして、代わりに社宅の部屋で新年会をしたんです」
「社宅で新年会ですか」
「ええ、毎年二月に恒例でして……一人は女性ですが、僕を含めた五人は独身で社宅で一人暮らしなんです。確か七時くらいから伊原さんの部屋に集まって始めて、解散したのは十一時前だったと思います」
「解散した後は、どうされましたか?」
「皆は部屋に帰りました」
「椿さんは、帰らなかったんでしょうか」
「僕も帰ろうと思ったんですが、酔い覚ましに外の空気が吸いたくて。社宅の階段から下を見たら積雪が凄かったから、歩道に降りたんです。そうしたら会社の入り口のカーポート──刑事さんたちが、いま駐車されているところです。そこから灯りが洩れていて」
「会社? 会社とは、ここのことですか?」
「社宅前の道路を挟んで直ぐ側にこの会社が在るので、見えるんです。カーポートの人感センサーは風や雪でも反応しますが、何だか不審に思って歩いて会社まで行きました。入り口に社長の奥さんの車が停まっていたので、何かあったのかなってインターホンを押しました」
「それは何時ごろでしたか?」
「解散して直ぐだったので、十一時過ぎくらいだったと思います」
「他の従業員──」
応接室のドアがノックされたので、水草が話しを中断する。
トレイにコーヒーを乗せて入ってきたのは羽澄彩音ではなく、先程の若い従業員の男だった。
「どーぞ」
作業着のままの日下部千隼が慣れない手つきで、水草と星野の前にカップアンドソーサーに入ったコーヒーを置いた。
トレイを抱えたまま、椿の横に腰をかけたので星野が嗜めた。
「日下部さん──でしたっけ? 捜査上の規約で、きょうは椿さんだけに」
「自分も新年会の後に、会社に行きました。窓から会社の灯りと、椿さんが見えたんで」
水草は咄嗟に椿の表情を窺った。切れ長な黒い瞳の奥が動いた。
「実は、日下部もしばらくしてから会社に来たんです。社宅の窓から僕が会社に向かうところを見たらしくて」
「二人で、真夜中に会社に行ったということですか」
「そーです、見たからには気になったんで」
「急に僕が訪ねたから、一階で残務処理をしていた奥さんが驚いていました。新年会を社宅でしたと伝えました。そのあと直ぐに日下部も様子を見にきて」
「食べずに飲んだから腹が減って眠れないって、奥さんに言ったんす。そしたら夜食を作ってくれて、明け方まで三人で雑談して、椿さんと朝帰りしたんす。その日は休みだったから、社宅に帰って爆寝でした」
水草は注意深く二人を見た。二十七歳の椿は慇懃で、若い日下部は相変わらずふてぶてしかった。しかし羽澄彩音の供述と一致していた。一見、疑う余地は感じられない。
「では、二月八日は夜の七時ごろから社宅で新年会を初めて、解散後の日を跨いだ九日の明け方まで、三人でこの会社で過ごしたということですね?」
「はい、大雪だったのでよく覚えています。社長の羽澄は大阪に出張していましたので、不在でした」
「明け方に帰宅したと言われましたが、何時ごろでしたか?」
「たぶん四時ごろっす」
水草は日下部に視線を向けた。
「日下部さん、そのとき空を見ましたか?」
「空? いや見てないす、眠かったので」
「そういえば……僕は見ました。月がやけに眩しかったので」
思い出すような口振りで、椿が目を細めた。
「そうですか。椿さん──どんな月でしたか?」
「え?」
隣に座っている星野が、喉を鳴らすのが聞こえた。
「九日の四時ごろ、社宅に帰るときに見た月はどんな月でしたか?」
「雪が止んでたからよく見えたんです。月は普通に……丸かったと思います」
水草が立ち上がった。
「お忙しいところ、捜査にご協力ありがとうございます。また何かありましたら伺います」
「え、また来るんすか?」
うんざりした表情の日下部に、星野が言い放つ。
「これは犯罪捜査だ、犯人逮捕の手がかりに関する捜査には、協力してもらう必要性がある」
日下部が立ち上がり、星野を見下ろす。
「これ任意なんすよね? 犯罪捜査だと三回目からは強制なんすか? てか、実はこれも強制っすか? お巡りさんでも嘘つくんすね」
「なんだと──」
煽られた星野が立ち上がり、日下部を睨みつける。
「おい、よせ」
水草が、日下部に掴みかかりそうな星野を制した。
「千隼やめろ、刑事さんに失礼だよ」
直ぐさま立ち上がった椿も、日下部を嗜めながら肩に手を置いた。立ち並ぶ二人の身長差が、十センチ以上はあった。
「奥さんと椿さんが、犯罪捜査に協力する意味がわかりません。あの遺棄事件になんの関連があるんすか? 八日は社宅で新年会、その後ここに来てメシを食わせてもらい、三人で九日の明け方まで談笑した。それが全てだ。新年会が嘘だと思うなら、従業員全員に訊けばいい。まだ二階に揃ってるから、なんならいま呼んできましょうか?」
星野の、歯軋りが聞こえてくるようだ。
「とりあえず、今日のところはこれで失礼します」
四人で応接室を出ると、羽澄が心配気な面持ちでパーテーションから顔を覗かせていた。日下部は憮然としながら、腕を組み背を向けている。椿が膝に付くほど、深く頭を下げてお辞儀をした。
軽く会釈をして、星野と会社から出た。
羽澄が駐車場で頭を下げた。
「本当に申し訳ありません、あの子は十六歳からうちで雇用していて……悪気はないんです、普段はとてもいい子なんです──自分がコーヒーを持っていくというのでつい……でも、大変失礼な態度を取ったようで、厳重に注意を」
「若いのにしっかりしていて、いいんじゃないでしょうか。あなたを慕っているんでしょう」
俯く羽澄彩音の黒髪の根本から、白髪が覗いている。
「羽澄さん」
「はい──」
「たいせつなものを、護りたいんじゃないですか」
「え」
「良い従業員ですね二人とも。では機会があればまた伺います」
**
小雨の中ワイパーを動かす星野が、待ちきれないといった様子で吐露した。
「なんてガキだ。公務執行妨害で取り締まりたいところです。あの日下部ってヤツは、かなり長身です。あいつを絞り込んだらどうでしょう。警察に対して、やたら威風堂々としてやがる。マエ(前科)があるんじゃないでしょうか。証言の信憑性もいまひとつだ。奴と羽澄彩音が、怪物と美人なんじゃないでしょうか。社宅の新年会も嘘くさい」
「いや、あいつはシロだ」
「えっ」
「おい赤だぞ」
急ブレーキに、二人して前のめりになる。
「事故ったら本末転倒だな」
「……すみません」
「あの程度で熱くなるな」
「いや──はい……」
「あれくらいの暴言は、害悪の告知の範疇じゃないだろう」
「──水草さんに委ねます……でも、日下部のことを二人して庇おうとしていました、日下部という男は臭いすぎます」
「そうか?」
「はい、羽澄彩音と痩せた従業員は、日下部のアリバイ偽装をしているんじゃないでしょうか? あいつが急に応接室に来て、自分も新年会のあとで会社に行ったと供述したのは、後付けのような気がします。要は、遺棄時刻のアリバイ作りの為です。やつは、水草さんより五センチは上背がありました。日下部が九日にかけて顔面に怪我を負っていたか、他の従業員を引っ張って洗い出すのが先手じゃないでしょうか」
「疑うとすれば椿知武の方だ」
「え……彼はとても感じが良く、対応も丁寧でした」
「中性的だった」
「えっ? それだけで……ですか? 椿が美人候補だということですか? 俺には男にしか見えませんでした」
雨が大振りになった。視界の悪いフロントガラスのワイパーを、星野が最大にした。
「椿は、明け方の月が丸かったと言ってました」
「ムーンピラーは、十五分間で消えた大気現象だ。月が丸いのに間違いはないだろ」
「そうか……そうでした」
「椿が会社から社宅に帰った、おおよその時刻が知りたかったんだ。ムーンピラーが現れたのは明け方の四時ごろだが、たったの十五分だ。訊いた俺が間抜けだった」
「はあ……」
「目撃証言のひとりは背が高く痩せていてモデルみたいで、力のある美人だったよな?」
「はい──美人が力持ちだと、若干やるせなさを覚えますが」
「アリバイ偽装をしているのは、日下部千隼の方なんじゃないか」
「……え?」
「おい、黄色の点滅だぞ」
「いや、点滅はススメじゃないですか」
「お巡りさんだからな──俺たちは」
「日下部がなぜ、二人のアリバイ偽装をするんでしょうか」
「目が動いたからだ」
「え? 誰の目ですか? 日下部ですか?」
「椿知武だ。日下部がトレイを持ってソファに座ったとき、動揺してた」
「──全く以って……気が付きませんでした。あの……なぜ椿知武の目が動くと、日下部が二人のアリバイ偽装をしたことになるんでしょうか……」
「椿にとって想定外だったからだ。日下部が虚偽を吐いたことに対してだ」
「想定外……」
「おまえ卒後、何年だ」
「……六年目です」
「マル対の眼の動きをもっと窺え」
「はい──すみません」
直情型の星野が押し黙る。水草が眉根を寄せた。
「日下部は二人を庇おうとしてた、あくまで予見だが。あいつがホシであれば、おまえにああは言わない。目隠しもしてないおまえを、煽って牽制してた。そうだな、あれじゃまるで目隠し鬼だ」
「なんですか? それ」
「知らないのか? 〝鬼さんこちら、手の鳴る方へ〟ってやつだ」
「いや知りません。いや、聞いたことあるかもしれません」
「日下部は手を叩いただけだ。ああ、鬼は俺とおまえのことだ」