表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四葩 (よひら) の月  作者: 八興 心湖翔
四章 四葩の月
46/48

月の海

 解散した捜査本部に残されたパイプ椅子の背もたれに、もたれかかっていた。

 後ろのドアから、捜査一係長の司馬(しば)が入ってきた。


「なにしてる、さっさと片付けて引き上げるぞ。県警のデスクに申請書類が山積みだぞ」

「ああ、すみません」


「いちど帰ってきたらどうだ、奥さんが着替えを持ってきてたから、おまえのデスクに置いといた」


「地球が月の息子が見えないように、月の海の中に隠したんです」

「なんだそれ、天体か? 俺はからっきし分からんよ」


「桐生が月で、死んだ女が地球だからです。我々の太陽から月を隠したんです。だから、見えなかった。月を隠した地球の女は、月の母親だったんです」


「えらく抽象的だな、ますます分かりにくい」


「皆既月食です、縁取られた円光がなければ、桐生に辿り付けなかった。地球が必死に隠しても、太陽からのわずかな光に月が反射したから、円光で桐生だと分かったんです。いみじくも月を照らしてしまったのは、月が愛した太陽だったんです。(はな)から太陽は、我々ではなかったということです」


「なるほど、おまえは意外にもロマンチストだな。しかしその髭、剃ったらどうだ」


「星野は、どうなりますか?」

「被疑者死亡のまま書類送検だからな、処置は監査に従うしかない。さきに行ってるぞ」


 ブラインドカーテンからの落日が、会議室の床のタイルに夕日影を落とし揺らんでいた。


 水草は声に出した。


「星野、怪物が隠れていたのは、木を隠す森じゃなかった。月の海の中にある『神酒(みき)の海』だったんだ。書店で娘に買う月の本を選んでたときに、そう書いてあった。怪物の父親に会うまで、俺は気付かなかった。宍道湖(しんじこ)の十分の一は海だもんな、水の無い月に海があるなんて知らなかったよ」


 水草は続けた。

「星野。怪物の正体は、二十六歳の新人外科医だった」


 返事はなく、しんとした空間にことばだけが冗長と漂った。


「怪物の顔を婆さんに明かしたのは、ムーンピラーじゃなかった。父親が二人に車の存在を知らせようと点けた車幅灯(ポジションランプ)に、雪が反射したんだ」


 雪深く狭い路地の入口に停まった、一台の車を想像した。


「俺らが婆さんから取った証言は、『怪物と美人とスノームーン』って絵本の終盤に出てくる、ながい月だったよ。タイトルが無かったから俺がつけた。無名の作者と美人が、ハトを飛ばし合ってたってヤツだ。今回のヤマは返し(報復)じゃなかった。四十ねん前の、“約束”だ」


 水草が前屈みになり、床に揺れ動く長い影に目を落とした。


「おまえがいちばん知りたがってた美人は、怪物の恋人でも、痩せて力のある男でもなかった」

 

 声に出すのは、やめにした。

 ──星野、美人の正体は──。


 ──怪物が二歳半のときに死に別れたはずの、手放した息子にずっと会いたくて仕方なかった、怪物を愛してやまない、お母さんの彩音(アオ)だった。


 二人ともハズレだ。 








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ