荷物
やっと雪が解けたかと思えば、こんどは大雨続きだった。坂田茂は重い腰を上げねばならなかった。
電気回線は遮断しているが、数ヶ月に一度、定期点検のために脚を運んでいた。何しろ近年は空き巣が多い。取って困るものは空っぽの借家には何一つないが、カレンダーを見ると、前回の点検からとうに三ヶ月は超えている。あくびを噛み殺すと、分厚いコートを掴んだ。
坂田が所有している四軒の無人家屋へ向かうため、箪笥から古びた鍵を取り出した。軽トラのエンジンをかけ、家の前の一方通行の細い道を徐行する。しばらく直進して市道に出る。川土手の橋を渡った。
左手の路地の中に、五軒の借家が並んでいる。路地ごと更地にして、コインパーキングにして日銭でも稼ぎたいところだ。しかしイニシャルコストを考慮すると、そう手っ取り早くもいかない。更地に出来ない理由は、もう一つ存在していた。
路地の入り口に、頭から突っ込んで停車した。先ずは、突き当たりの借家に向かう。部屋数が多いぶん、いつもいちばんに此処を点検する。木枠づくりの引き戸の玄関の鍵は、今では滅多に見られることが無くなった。手でクルクル回す、ネジ締り錠である。
廊下の軋みとともに、木の腐った甘ったるい特有の臭いが鼻をついた。雨のせいでさらに腐臭が酷い。水回りの雨漏りが酷いので、鼻をつまみながら奥の台所に進む。臭気が強まった。
洗面所と風呂の在る狭い廊下の前に、誰が置いたのか、やけに大きな荷物が置いてある。電気の通っていない薄暗い家の中で、坂田は目を凝らした。真っ先に以前テレビで見た、ピラミッドの謎を解けだの探れだののコーナータイトルが付いた、番組映像を思い出した。しかし荷物は棺には入っていなかった。
近づくと腐臭が増幅した。荷物ではなく寝袋だ。キャンプ好きの息子が似たようなものを、家に何個か置いている。しかしなんだって、寝袋なんか――臭いを吸ったと同時に、その場に座り込んだ。誰が荷物を置くというのだ。この借家に入れるのは坂田だけだ。
腰が立たなかった。震える手で這いながら玄関に戻りたいのだが、腰から下が動かなかった。思わず、大声で叫んだ。
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発見者である家主からの一一〇番通報により、通信司令本部にて事件を受理した。白潟警察署経由で、近隣の派出所へ伝達がなされた。最寄りの交番から制服警察官が現場に急行した。
本署は緊急配備により、犯人の逃走経路となり得る要所を固め、現場へ急行した。届け出人の家主の坂田は自宅に戻っており、所轄の捜査員が再度現場まで同道した。被害者の死亡は、一目瞭然であった。室内の寝袋からは、おびただしい腐敗臭がした。
付近の捜索や、目撃者情報のため、現場を中心とした地取り捜査が開始される。一定範囲内を捜索して、犯人の足取や遺留品などの捜査資料を収集するのである。急訴を受けて現場に到着した警察官は、直ちに現場保存のための立ち入り禁止区域を設定し、テープを張り巡らせた。被害者の家族や関係者であっても、禁止区域内の立ち入りは厳禁である。
先着した捜査員が犯罪現場地点のみならず、周辺区域まで禁止区域を拡げ、本署の警部補の到着を待つ。
現場に急行した白潟署の警部補によって、殺人事件が確認され、直ちに島根県警本部の捜査第一課と鑑識課に通報が入った。既に現場で待機していた、所轄署の捜査担当者と県警本部の捜査員が合流した。
島根県警本部、捜査第一課長の曽野は管理官の古志原、係長の司馬と所管の殺人調室の中から十名前後の刑事を引き連れて現場へ向かった。鑑識課長の豊原もまた、係長以下の部下及び科学捜査研究所の相葉技師と共に現場へ急行した。既に現場で待機していた白潟警察署長以下、捜査担当者たちと合流し、現場臨検が開始された。現場臨検の一環として実施される死体観察の着眼点は以下の項目から成る。
・死体の位置、姿勢
・着衣の状態
・創傷の、有無、種類、数
・凶器の推定(殺害の方法)
・死因の判定
・犯行経過時間の推定