巡り巡って
美佐子は職を失った。正確に言えば、健太と同じ職場には居られなくなった。健太はバリバリ契約を取れる営業マン。社内でもホープで、片や美佐子は単なるパート職。新築の住宅展示場のあの雰囲気が大好きで復帰した仕事だったけど、自分で蒔いた種だから。仕方ない。ハローワークへ行ったり、ネットの求人広告を見たりするも箸にも棒にもかからないとはこのことか。その上に真由美に支払わなければならない30万が重くのしかかってくる。身から出た錆。もう失業してるし、娘には軽蔑されてるし、この家やこの職場には居られないし居場所はもうない。陽菜はあれから家に寄り付かなくなり俊介の方で生活していた。和香が建てた家で俊介と陽菜も住んでいると聞いた。
「私、失業してしまったし中々仕事見つからなくて、陽菜もあなたの所にいるし⋯。それに相手の方から興信所代を請求されてて⋯。」
美佐子は俊介に一部始終を吐露した。
「先方がそういった意思なら、一度皆で話し合おう。僕も同席するから。」
俊介の申し出が実現し、俊介と美佐子、健太と真由美の4人で話し合いの場を設けた。場所は俊介が建て美佐子と陽菜、そしてモカと過ごしたあの家だった。
俊介は目の前に現れた男が、美佐子の不倫相手が、佐野健太だとそれまで全く気づかず、想像すらしていなかった。
「佐野⋯お前だったのか⋯?」
健太は申し訳なかったと土下座した。おでこを床につけ。和香を僕に紹介した時も、和香の事故の時に樹里を連れて詫びた時も、陰で美佐子と宜しく、逢引きしてたってことか。
「お前⋯騙してたのか?」
出来る限り感情を抑え押し殺すと声は掠れる様だ。
「そんな⋯騙すなんて。美佐子さんの美しさについ、惹かれて魔が差してしまいました。申し訳ございません。」
この申し訳ございません、の言い方が客へのクレーム用の、用意しておいた言葉の様で滑稽だ。これはクレーム対応なのか?每日こうやって佐野は顧客に対して平謝りしていたりするのだろうか。いいや、僕は客じゃない。今は美佐子の元夫という立場だけ。美佐子は僕に
「私はもう実家に帰ろうと思っています。モカを連れて。仕事は辞めました。佐野さんと同じ職場には居られないから。陽菜ももうこの家に戻って来ません。あなたが1番分かってると思うけど⋯。」
美佐子の実家は長野でりんご農家だった。戻って手伝うと言った。陽菜が僕のところにいたいなら無理に連れて行かずに僕に託したいし、陽菜の気持ちを尊重したいと。そしてこの家は不在になるから売却してもいいんじゃないか、とも言った。名義は僕だしローンは終わっているから、それはまだ後で、僕の意向で決めていいことだけれども、何となくその流れが最善な選択なのかなともその時悟った。近く住む主を失う家。でもこの家を気に入って住みたいと思ってくれる家族がいるなら、その家族に住んで貰った方がいいのだろう。
真由美に30万入った茶封筒を渡した。
「お約束の興信所代です。実はこれは事故の際の樹里さんの保険会社から和香に支払われたものの一部です。こうやって巡り巡ってくるんですね。」
真由美はそういったお金なら受け取れないと言ったが、僕は真由美には受け取る権利があると思う。興信所を使った真由美の勇気の為に。
佐野は僕に、美佐子は真由美に頭を下げて謝罪した。もう金輪際互いに会わないと。美佐子も仕事を辞めたし、長野に帰るから許してくれ、30万は毎月僕に少しずつ返すと言った。僕と真由美はその言葉を受け入れることにした。長くて短い話し合いはこれで終了した。
陽菜はここ最近はずっと僕たちと生活していた。和香は流産してから、赤ちゃんは女の子だったんじゃないかな?と言って陽菜の事を娘が出来たと、昔から女の子のお母さんになりたかったんだと言って陽菜を大事にしてくれた。ちょっと作り笑いの様な、無理に笑顔になっている感じもした。無理して明るく振る舞っているのが痛々しくもあった。弁当を僕のも含め陽菜の分まで作り持たせてくれた。うずらのゆで卵に黒ゴマで顔を作ったりして。
「大輝は質より量だったから肉入れときゃいいや!みたいな感じだったけどね、やっぱり女の子は見た目が大事みたい」
と僕に嬉しそうに報告してくれた。陽菜のディズニーキャラクターの弁当箱。佐野真由美が手に持っていたトートバッグと同じキャラクターだった。そして陽菜が予備校に行く日はお腹が空くだろうとバウムクーヘン等のお菓子まで持たせていた。
それから和香は毎朝、陽菜の長い髪を編み込んだりして結ってあげていた。若い女性に人気のヘアアレンジの動画を見て研究するのが楽しいと和香は言った。陽菜の黒くてしなやかな美しいストレートヘアは和香を魅了したようだった。
「若い女の子の髪って本当綺麗ね。私はクセがあるから羨ましいな⋯。」
と陽菜の髪に柘植の櫛を入れる。この櫛のために陽菜の長い髪があるようにも見える。この髪質は美佐子からの遺伝だろう。陽菜は髪が綺麗、と言われてちょっと恥ずかしい様な、はにかんだ笑顔になった。このはにかみは和香と似ていた。和香のクセだって素敵だよ、本当に緩いカールだから。クセを活かしたショートカットが和香に似合っていた。和香には和香なりの素敵さがあるのだから。そんな君を僕は好きになったのだから。




