妊娠
和香の家に引っ越すにあたり、ベッドを処分した。実は美佐子と別れた時に、美佐子は要らないと言いそのまま持ってきたダブルベッドで僕は和香に出逢うまではひとりで寝ていた。ただ、和香を初めて抱いたときもこのベッドだったけど、和香の家に持ち込むのは何となく気が引けて、良くないだろうとの結論に達し、特に思い入れもないものなので、この機会に。離婚した時にまさかこの自分が和香のような女性と出会って、こんな機会に恵まれるとは思ってもいなかった。美佐子を抱いたベッドでこれからも和香を抱くことは和香に対し失礼にあたる。和香と話し合ってダブルの「布団」に決めた。和香がダブルベッドは場所を取るから、といった彼女の意見を尊重した形で僕も布団でいいかなと思っている。どっちにしろ和香が隣にいて、僕はその隣で眠りにつければいいんだ。今日あったことなんかを笑いながら報告したりして。あの「ガハハ施設長」がこんな事を言ったとか。そんな何でもない他愛もないことを。
持ち物ひとつひとつを和香と相談しなるべく物は増やさないように、ゴミを出さないように、というのが和香の信念で僕も賛成した形で引っ越しを終え、引越業者に預けていた荷物も漸く整理が付き僕たちは新たな生活のスタートを和香の家で切った。
和香は引っ越しの荷物が片付いた頃、俊介から貰ったリングを職業上身に着けていくことは出来ないため、チェーンに通して首から下げる事を思いついた。そうだ。今日休みだしジュエリーショップへ行って長めのチェーンを買いに行こう。首元から見えなければ業務上も仕事に差し支えはないだろう。和香は自分でナイスアイデア!だと自画自賛し朝食後の食器や調理器具をさっさと洗い終えてジュエリーショップへ行こうとした矢先だった。何だかお腹の下腹が急激に痛くなり内側がら突き上げる様な、何となくこれは、恐らく尋常じゃない事が、何かが自分の身体の中で起こり始めていると悟った。冷や汗が出て立っていられなくなり、生温かいものが脚に垂れ出た。これは⋯不正出血のようだった。以前20代の頃卵巣嚢腫の手術をしており、また婦人系の病気だと思った。その時の産婦人科に電話しよう。何とかスマホを手繰り寄せ電話をすると直ぐに来いと言われた。ありったけのナプキンを出し、何とか着替えてタクシーを呼ぶ。救急車は気が引けた。タクシーの運転手は女性で少し気が楽になった。その運転手が肩を貸してくれ、産婦人科に着くと直ぐに対応してくれた。定期検診の妊婦さん達を待たせてしまったようで申し訳なかった。
「エコー検査では胎嚢が崩れて心拍がありません。」
意味が分からない医師からの説明だった。胎嚢?心拍⋯?
「宗像さん、妊娠されていましたが、今回は残念ながら⋯。」
えっ?私が妊娠⋯そして何?残念ながらって⋯?
「お母さんが悪い訳ではありません。宗像さんは卵巣嚢腫を以前されていますし、子宮の癒着や血流の悪さ、染色体異常、年齢的なホルモンバランスもあります。これから処置に入ります。麻酔しますから、ご家族にご連絡を。」
医師は私を安心させようと、言葉の遣い方を慎重に考えながら伝えてくれた。私はこの年で少しの間だったけど俊介さんとの赤ちゃんを妊娠していた様だった。でも生み育てることは出来なかった。ごめんなさい。赤ちゃんに謝らなくちゃ。私がこんなだから愛想を尽かしたんだ。そんな事を考えていたら看護師から家族に連絡するように促された。俊介さんに連絡しなくちゃ⋯。スマホを開くと俊介からLINEで「お客さんからケーキ貰ったから持って帰るよ!楽しみにしててね」とのメッセージとスマイルの絵文字が表示されていた。それには返事をせず俊介に電話を掛ける。
「和香、電話してくるなんて、ケーキが気になるのかな?」と笑いながら。
「俊介さん、今産婦人科にいて⋯これから処置が必要みたいだから。」
和香のただならぬ気配に俊介は笑うのをやめた。
「えっ?産婦人科?処置?」
何のことが全く分からないだろう。私でさえもまだ飲み込めないというのに。




