270万
和香はリハビリと通院を経て右手は完全回復し、仕事にも復帰した。あの「ガハハ!」と笑う小野貞子施設長の下で事務仕事から復帰した。ただ、その後和香は事務仕事よりもやはり介護現場に出たいと言い始めた。何より利用者様と話すことが元気になれるし楽しいらしい。和香は暫くしてサービス提供責任者を降格しヘルパーに戻り、現場職に戻った。その選択は本人も色々考えた事があった様だったが、これからの生き方を考えるとやっぱり「自分らしく、自分の心を守るため」の選択で、現場に戻りたいと申し出、願により会社側は受け入れた形となった様だった。和香の願いを受け入れてくれた「ガハハ施設長」に感謝。和香はそれから笑顔が多くなった。僕はヘルパーとして元気に働く和香を応援したい。
程なくして和香の家もいよいよ完成した。外観はガルバリウム鋼板のブラック色。そう、それは内装までも僕の事務所と全く同じだった。実は和香は僕の事務所の色味のチョイスがとても気に入り僕に近づくために同じ選択をしたのだという。僕と深い仲になる前に決めたのだそうだ。僕は和香の家と事務所を往復すると何とも言葉では表現できない気持ちになる。それは、形は違うけれど「お揃い」のこの空間にいることが何とも摩訶不思議な感じで。こんな事が現実に起こるなんて本当に何が起こるかわからないものだ。違いは「猫ちゃん夢中で困っ棚」や浴室、バルコニー何かの違いはあるものの。1階のトイレは和香のチョイスでタンクレス、壁にはダマスク柄のアクセントクロス。女性が好きそうなデザインだ。後は内覧会をし、ちょこっと手直しとクリーニングをしたらもう引き渡しだ。そうだ!内覧会の前にこの画をスマホで撮って和香に見せよう。スマホのロックを解除すると僕の銀行口座の振込を知らせる通知。あれっ?業務上の振込かな。今日だったか?⋯アプリを開くと「ムナカタ ワカ」名義で270万が振り込まれていた。いつも家賃と生活費の折半を振り込んではくれるけど。270万円⋯これは設計料の金額でもないし。こんな大金何なんだろう。
その夜、和香に尋ねた。
「和香、君からの名義で270万振り込まれているけど?何だろうか?」
「それはね、事故の保険会社からの保険金と慰謝料とか。生活費とか病院のお金は引いて残った金額。入院の手付も立て替えてもらっていたから⋯足りるよね?」
「いや⋯多すぎるよ。こんなにかかってない。」
「ありがとう。俊介さんにはいっぱいお世話になったからね。陽菜ちゃんの予備校代と受かったら進学費用の足しに使って。足りる?予備校代もばかにならないでしょ?大輝は塾とか予備校行かなかったからわからないけど⋯。」
和香は笑顔で話してくれた。こんな形で僕に返してくれるなんて。黙って振り込んでくれるなんて。
「和香だってこれから住宅ローンの支払いあるから⋯お金は大事だよ。」
「それはちゃんと計算してあって、これから働いて返して行くから大丈夫。」
「⋯うん。じゃあ、陽菜のために大切に使わせて貰おう。絶対に受かってもらわないとな⋯。それに!〈お世話になったから〉って何だか他人行儀で嫌だなあ。」
「ありがと。そんな風に言って貰えて。幸せです。」
和香からの大切なお金と気持ちを受け止めた。




