家族に
和香と幸せを味わった直後にこうやって上手く行かなくなるのは何故なのか。幸せの絶頂から突き落とされたような。前にもそういったことがあった。初めて和香と気持ちが通じ合い、あの躯体で抱き合った後の交通事故。
「今夜、僕のベッドにおいで。」
僕は和香の隣で眠りにつくまでの間を大切にしたい。
和香は不自然に
「今日生理だから⋯」
と躱した。多分これも嘘だろう。
「ううん。そうじゃないよ。今日はしないから。和香の隣で眠らせて。」
僕は和香を抱きたくて言ったんじゃない。本当に隣にいたくて、隣で眠りにつきたくて言っただけ。和香はちょっと口角を上げ、僕に気遣うように微笑み、
「うん。ありがとう。後で行くね。」
食事の片付けをし、和香は就寝の準備をしてそうな時間を見計らって美佐子に折り返しの電話をした。
「電話、出られなくて済まない。」
「いえ⋯陽菜が合宿に行ったのを知らなくて。」
僕が知りたいのは和香に何を話し何を吹聴したのか、だ。
「和香に何を言ったんだ?」
「和香さん?何も言ってないわ。陽菜を迎えに行ったらあの方?和香さんだったわね、和香さんが陽菜は合宿に行っていて勉強頑張っていると教えてくれたわ。それだけよ。」
「本当にそれだけか?」
「ええ。それだけよ。他に何があるの?初対面だし世間話すらしてないわ。何が言いたいの?」
「いや⋯ありがとう。陽菜は二泊三日だから⋯明後日帰って来たら君の所に行くらしいから、宜しく。うん⋯じゃあ。」
美佐子と和香、本当にそれだけしか話してないのだろうか。
和香は就寝着で僕の元に来てくれた。ベッドにふたりで入り和香をすっぽりと包む。
「さっきはごめん。ちょっと僕の言い方がきつかったね。」
和香を腕の中で安心させた。否、僕が安心した。この温もりは失いたくないから。
和香は僕の胸に手を当て
「先に言うね、ごめん。本当は今日切ってしまったの。」
やっぱり。不安は的中するものだな。
「美佐子さんは陽菜ちゃんを探しにこちらに見えたから、合宿に行っている旨お伝えしました。初めて美佐子さんを見てあんなに綺麗な人でびっくりしてしまって⋯美人でお洒落で⋯それに比べて私は地味だし美人でもないから。他人と比べてもろくな事にならないのは分かっています。でもどうしてもそうなってしまって。俊介さん素敵だからいずれ私の元から去ってしまうんじゃないかって⋯他にも若くて綺麗な女性は沢山いるから⋯私はあなたを失いたくなくて。」
和香の肩をトン⋯トンと優しく宥める。陽菜を寝かしつける時によくやってあげていた。家族の儀式をここでも。
「僕は、どこにも行かないし和香以外の女性には興味ないんだ。他にあるとすれば陽菜位?でも君に対する気持ちと陽菜に対する気持ちは別の種類のものだから。和香も分かるだろう?僕に対する気持ちと大輝先生に対する気持ちは別の次元でしょう?」
和香は僕の胸に顔を埋め僕の話しを聞き頷いた。
「だからね。もう自分を傷つけなくていいんだよ。僕が君に惹かれたのは一生懸命生きているから。生き抜いているから。君の姿を見て僕も人間らしい気持ちを取り戻したんだ。和香は和香なんだから正々堂々と生きていい。僕にとってかけがえのない宝物なのだから。美佐子は和香の人生に影響はあっても直接の関係はない。」
和香のおでこにキスを。
「僕の気持ち、分かってくれた?」
和香は僕の胸に顔を埋めたまま頷いた。
「全く切らなくなるのはきっと難しい事だと思うけど、少しずつでいいよ。僕に気持ちをぶつけていいから。どこを切ったの?」
和香は泣いている様だった。和香が顔を埋めている僕の就寝着のその部分がしっとり濡れているのは和香の涙のせい。和香は切ったのは右足だと言った。右足の太ももを見せて貰うと軽めの切り傷に絆創膏が貼付されていた。陽菜と同じ位の軽めの傷だった。利き手ではない左手で切るとこうなるのであろう。僕はその傷を掌で優しく包む。
「それから、美佐子と連絡を取り合っているのは陽菜の事だけ。一応父親としての責任はあるからね。和香は前のご主人と連絡取っていないみたいだから余計心配したのかな?ごめんね。」
「うん⋯行方不明。」
「そっか。でも和香は大輝先生をあんなに立派に育てた。育て上げた。もっと誇りを持っていい。そしてその大輝先生を好きになったのが僕の娘なのだから。だから、僕たちは家族になってもいいのかもね。最近よく考えるんだ。家族になった方がいい。いや、やるべき?かな。和香はどう?」
和香は僕の胸から顔を上げ、ゆっくり頷いた。
「はい。私も同じ気持ちです。」
ありがとう。僕たちは暫く長い長いキスを交わしていた。




