石楠花と姫金魚草の対面
俊介さんの胸の中で目が覚めた。初めて彼と一緒に眠りについた。俊介さんと私は漸く結ばれたんだ。いつの時だったか、彼は泥酔していた時もあったけど、昨夜彼はアルコールは口にしていない。そう素面で素顔の状態で。あの時の泥酔した時の事まだ俊介さんは覚えているかな。今なら聞けるかも。そして昨夜のあの契り。もう切らないでとキスの約束。もう本当に切るのはやめよう。これで切ってしまったら俊介さんを裏切ることになる。俊介さんは今日は現場に行かないとならないから、と仕事に出て行ってしまった。ごめん、早く帰るからね、と一言残し私の左手にほんの一瞬キスをして。左手にキスをするのはおまじない。私はもう俊介さんがいるから切らないでいられます。ありがとう。
ゆっくり起きてコーヒーをドリップする。朝ごはん俊介さんに作ってあげられなかったな⋯ちょっと申し訳ない気持ち。ごめんね。夕飯は準備しよう。左手だけで出来るものに限られるけど⋯。そうだ、今日は入院で使っていたタオルとか洗濯しようかな⋯ゆっくりやればいい。黒猫達と遊んで。それからバイクもエンジン掛けておいた方がいいかも。そしてリハビリも頑張って早く右手も動くようにして仕事したい。元気に働けることがとても幸せなことだったのね。でも今は家事を出来る範囲でゆっくりやりながら俊介さんを待つ「専業主婦」的な生活を楽しもう。そう長くは味わえないだろうから⋯直ぐに仕事に追われる日常に戻っちゃうだろうし。気づいたらもうお昼になっていた。何かお昼を作ろうとした矢先にピンポン!と呼び鈴が来客を知らせる。宅配便かな?インターホンの画面を確認すると女性が映っているが下を向いていて、スマホをいじっているらしく良く見えない。ドアを開けるとその女性はびっくりした面持ちで私を見た。
「えっ?あなた⋯もしかして⋯」
スラッとしたスレンダー美人ってこういう人のことを言うんだと思う。顔が小さくて目がクリっと大きくて。ビューラーでしっかり立ち上げたまつ毛、ツヤツヤの唇、髪も服も爪も全てが抜かりなくお洒落。地味な私とは違う世界のひとみたい⋯。モデルさんみたいな。
「あなた、俊介と一緒に住んでいるの?」
私を上から下まで値踏みしているように見る。
「あっ⋯はい。」
「私は宮島美佐子と申します。宮島とは離婚しておりますが宮島姓を名乗っております。娘の希望で。」
宮島美佐子⋯離婚⋯娘⋯。直ぐには点と点が繋がらなかったけど、俊介の元妻で陽菜ちゃんのお母さんとやっと理解できた。俊介さんの元奥様なんだこの女性⋯。
「私は宗像和香と申します。」
「陽菜、いるかしら。」
「いえ⋯陽菜ちゃんは今日から合宿だと聞いています。昨日模試で、随分頑張っているみたいですよ。」
「えっ?そう。電話しても繋がらなかったから⋯。」
もしかして陽菜ちゃん合宿に行くのを知らなかったのかな?ちょっと動揺した感じだった。
「ごめんなさいね、あなたが悪い訳じゃないのにね。突然ごめんなさいね。」
美佐子は軽く会釈をして帰ろうとしたが思い出した様に
「俊介は支配欲の塊よ。あなたも注意した方がいいわ。別に嫌がらせで言ってる訳じゃないから。手、お大事にね。」
と今度は私を労る感じで。悪い人ではないのだろうけど⋯コツコツ、とヒールの音を立てて帰る後ろ姿。ふんわりしたスカート。いつもスニーカーにズボンの私とは違って洗練されたような。俊介さんはああいった女性が本当は好みなのかも。綺麗なひと。私は暫く呆然と立ち竦んでしまった。彼女の美しさに打ちのめされたのもあるけど、彼女の言葉が何度も頭の中で反芻してしまう。支配欲?俊介さんが?こんなに私に良くしてくれて守ってくれる人が?何をするにもどうする?って最初に訊いてくれる人が?何故?少なくとも今の俊介さんは違う。私は彼を信じてる。




