契り
リストカットやアームカットが手首や腕の傷ならば、レッグカットというのは足。そのフルコースを味わった肉体の持ち主は宗像和香だった。
「これ⋯は⋯?」
僕はきっと凍りついたような表情でこんな間抜けな言葉を発してしまった。
和香は全ての衣類を左腕と口を使って脱ぎ始めた。僕が手伝おうとするのを牽制し、時間をかけながら脱ぎ捨て、右腕のギプスだけを纏った姿で僕に正面から向かった。
「これが本当の私です。嫌われると思ってずっと言えなかった。ごめんなさい。」
建設中のあの躯体の中で告白してくれた時は泣いていたが今は涙は流さずに凛とした、決意の様なものを感じた。
「そんな、謝らないで。嫌いになんてなれないよ。そんなことで。ずっと気にしていたのか?」
返事はなかった。ただ和香は俯いた。
「君を、そんなに苦しめていたものは何?」
返事はない。俯いたままだった。
「言いたくないなら無理に言わなくていい。言いたくなったらいつでも聞くからね。それから、僕はそれで和香を嫌いになったりしないから。大丈夫だよ。心配しないで。お風呂入る?一緒に入ろう?」
僕は入浴を促した。和香は全裸だから。ギプスを塗れない様にタオルにくるんでラップをした。和香は少し口角を上げて僕に気を遣うような表情を見せ
「ありがとう。」
と呟いた。
「脱いでいい?」
和香は僕の目を見つめているだけだ。僕は服を脱いだ。一緒に風呂に入るなら脱ぐ。それだけ。和香に掛け湯をして自分にも。僕が先に湯船に入り和香を受け入れる。
「おいで。」
陽菜が赤ん坊の頃にこうして先に湯船に浸かり陽菜を入浴させたものだった。これは病院で和香が事故後初めて歩く時と同じ、受け入れる体勢に似ていた。そう、これはもう家族の様な儀式に思えた。僕の上に和香を乗せた。背中から和香を抱きしめる。
「大丈夫?右腕きつくない?こっちをむいて僕の肩に右腕乗せて。向き合ったらどうかな。」
和香が振り向くと同時に互いの唇が互いを求めた。ずっとこの時を待っていた。ずっと前から。こうなることを。和香に右腕を僕の肩に乗せるように促しつつ唇は一瞬足りとも離すことは出来なかった。何度も何度も唇の感触を確かめ、和香が何を感じ取っているのかを知りたかった。何が彼女をそんなにも追い込み「切る」ことに向かわせていたのか。その動機は何だったのか。和香のその柔らかく白い肌に、その温かい感触に、僕は翻弄されてしまう。随分長い間キスをしていたように思う。キスをやめたら和香はまた不安になるんじゃないかとも僕の都合で考えたりもして。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう。」
またキスの続きをしてしまう。
「もうキリがないね⋯のぼせちゃうね。」
和香がそう言ってくれなかったら僕は湯あたりするまで和香の唇を吸い続け己の唇を押し当てていただろう。
「ごめ⋯体洗おうか?」
和香の洗髪と洗体を手伝いながら自分も洗い泡を流した。和香の右腕を気にしながら。そして風呂から上がり、雫を拭う。
「服を着ると脱ぐのが大変だから⋯いや⋯その⋯何を言ってるんだ、いや⋯今夜は僕のベッドで寝る?」
僕だって男だ。もうちゃんと普通の人間の感覚を持ったひとりの男性として。好きな女性を抱きたい、抱きたいときにベッドに誘いたいと思うことは普通の欲で自然な営みだ。和香が拒否さえしなければ。
「いいの?」
和香は頷いてくれた。和香の髪をドライヤーで乾かし、僕の寝室へ。
「ゆっくりでいいよ。」
ベッドで座ってもらう。隣に座りキスの続きを。それから右手に気をつけながら仰臥位に促す。
「大丈夫?右手?」
ラップもタオルも取った右手。
「うん。大丈夫。」
僕は和香にぴったり寄り添いその耳の後ろの香りを弄った。僕のものにしたい。この独占欲が何だか恥ずかしかった。右手で和香の左太ももの傷に触れた。親指でその傷一本一本をなぞり時には人さし指でも確かめた。
和香は左手の掌で僕の腕の存在を探り情熱を伝えてきた。
「もう本当に切ってないの。だからキスして欲しい。」
「じゃあ、僕がキスする所はもう切らないって約束出来る?」
「はい。」
彼女は頷きながらでもしっかりと返事をした。僕は和香の全身に丁寧に何度もキスをする。そうしないとまた和香は鋏で切ってしまいそうで。切らないように。約束して。和香の瞳から涙が溢れた。その道すじにも口づけを。
「約束したこと、信じてるからね。」
僕は和香の頭を撫でながら契りを交わした。和香は瞳を閉じて頷いた。
それから、和香の中心を確かめ僕を受け入れてくれる状態を十分確認をしたうえで僕は熱情を注ぎ込んだ。




