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あの傷

 和香がマンションへ戻るのは約3週間振りなので、もしかして黒猫達が私のことを忘れていたらどうしようかと半分冗談ぽく車の中で話した。和香は随分リラックスしている様だった。色々制限あったからね。僕の隣で話す和香、回復してくれてありがとう。事故を目の当たりにした時は本当に僕は正気の沙汰じゃなかった。今なら言えるけどね。和香は退院の開放感と嬉しさもあるのだろう、色んなものを食べたいと言った。

「だって病院食って薄味なんだもん⋯アイス食べたいでしょ⋯ファストフードも⋯あっ、俊介さんのカレーも食べたいな〜!」

「あはは。食いしん坊め。じゃあふたりで作ろうか?左手で手伝って貰える?」

買い物をしてから帰ろうとマンションまでの帰路の途中のスーパーに寄ることにした。

「今日の献立、何にする?」

「何にしようか?何がお買い得かな?」

和香は左手で僕の右手の二の腕辺りのシャツをちょん、とつまむ。

「あっ、鰯が安いな⋯手開きしてパン粉焼きか蒲焼きにする?」

「いいね⋯!でも僕に開き方教えてくれる?」

「勿論。」

本当にこんな会話でいいんだ。こんな会話が幸せなんだ。日常の幸せ。

マンションに帰ると黒猫達は僕達の匂いをくんくん嗅いでいた。忘れちゃったの⋯と和香は心配していたけどもしかしたら買ってきた「鰯」が匂ったんじゃない?という結論に辿り着きふたりで大爆笑した。

和香に教えて貰い鰯の頭をもぎり骨に沿って身を開く⋯結局鰯は蒲焼きにした。本当は蒲焼きに合うアルコールも飲みたかったけど⋯和香は退院したばかりで控えるというので僕も今日はやめておいた。

蒲焼きに白いご飯。それに味噌汁⋯これらを和香と味わう。美味しいね、本当にこんな日常が幸せなんだろうな⋯

「炊きたてのご飯だから⋯卵かけご飯にしていい?」

和香のやつ。鍋で炊飯するご飯って本当これだけでありがたい。

「TKGってやつですね⋯それは違反ですよ⋯僕も!」

ふたりで卵かけご飯をかき込む。

「ん〜幸せ。この卵かけご飯用のお醤油、最高。」

「ちょっと甘めかな?僕はこれに青のりをふり掛けるのが好きなんだ。和香もやってみる?」

「やるやる!」

僕達の食欲は全開だった。それは退院した安堵感もあるし、互いの気持ちが分かり合った後っていうのもあるし、そう。病院で僕達は初めてキスをした。病院の中庭で。和香には悪いけど、この事故は僕と和香の絆を深めたきっかけになったようだ。和香、ごめん。雨降って地固まる、ってやつかな?

和香がトイレに行くと言うので大丈夫か、ついて行こうかと言ったら

「もう〜ひとりで出来るから退院したんでしょ!!心配しすぎ。」

と怒られてしまった。また大笑い。

多分、きっと和香とは、家族になるべきなんじゃないかと僕は勝手に結論づけたりしている。いや、寧ろ家族にならない理由がない。パートナー以上の⋯法的にも許された⋯公認された関係。僕はどう考えても絶対に隣に和香がいて欲しい。彼女を失いたくない。僕の人生にやはり関わって欲しい。ここで美佐子と天秤に掛けたりしたくはないが、美佐子とは対等な関係にはなっていなかった。そう、僕がコントロールしていたと表現しても過言ではなかったのだ。それに漸く気づき、人間らしい魂を蘇らせてくれたのは和香なのだから。美佐子には悪い事をした。だから他の男に走ったりしても、それを攻撃したり問い詰める立場じゃなかった。僕は漸く人間らしく、否、人間臭く思考ができている。

 洗い物を終え風呂に入る事にした。先に和香が入るという。やっぱり心配で。大丈夫?と声をかける。ちょっと悪戦苦闘してるみたいだし。もうたまらなくなって「入るよ。」と断ってから脱衣室に入った。和香はズボンを脱いだ所だった。僕の目に飛び込んで来たのは、そのズボンを脱いだ和香の足、その左太ももやや内側にある無数の傷だった。和香の左腕にもある「あの傷」が更に酷く左太もものみに密集されていた。「あの傷」は腕だけではなく、足にもあったのだ。正確に言えば、足の方がはるかに深く多く酷い状態だった。

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