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ご褒美ふたつ

 翌日、どうしても抜けられない打ち合わせがあり病院へは行けなかった。大輝の話しによると和香は左手で食事をするのも大分慣れ、今日病院ではうどんが昼食に出たらしく、箸は使えないがスプーンやフォークでちゅるっと上手い具合に啜ったという。そんな和香を陽菜は甲斐甲斐しく手伝いをしてくれたという。陽菜は夏休み中に大輝と会えたことで嬉しそうにしていた。陽菜からも和香の様子を知り僕は安心したし、娘が嬉しそうにしている姿も本当にありがたかった。陽菜はあれ以来自傷行為はしていないようだった。充実した夏休みになっているかな。

その日の午後に加害者の田中樹里が花持参で謝罪に来たらしい。大輝が対応し、今回は示談の方向で進めるとのことだった。樹里は教育学部の大学生で教員を目指しており、将来の事も考慮し大輝も和香も納得しているということだった。大輝が教師である故の立場上の配慮ともいえる。ちょうどその時に警察の事情聴取もあったそうだ。

 その後の和香はV字回復を見せ、左手だけで着替えもトイレも時間は掛かるもののほぼひとりでできるようになっていた。

今日は看護助手がベッドのシーツ交換をするとのことで、その時間帯に病院の中庭に散歩に行ってみようかとふたりで出た。

「私ね、右手が使えない様になってやっと介護される方の気持ちが分かった。今までやってあげている、って烏滸がましい気持ちがあったことに漸く気づいたの。」

寧ろこの事故がありがたかったとでも言わんばかりに。

「それから右手がこんなんだったら流石に左手を切れないもんね。これを機に本当に足を洗えました。なんてね。」

ちょっと冗談っぽく。これも貴重な体験だったと、無駄な経験はないねと言う和香を僕は誇りに思った瞬間。

「そうだ。これ見て。大分進んで来たんだよ。」

建築中の和香の家を撮影したスマートフォンの画像を見てもらう。

「もう屋根と壁は出来たね。それから窓とドアも付いた。このドアは建設中の時は鍵がかかるのは勿論だけど、引き渡しの時に和香に正規の鍵が渡り、今使っている鍵は二度と使えなくなるんだ。今の鍵は引き渡しを境に〈ただの金属〉になるってわけ。」

画面を観ながら和香に笑みがこぼれる。マイホームが出来上がってくるこの時期は本当に夢が現実になる瞬間だろう。

「矢田も頑張ってくれているよ。」

矢田も見舞いに行きたいと言ってくれていたことを伝えた。

「あぁ。矢田さんね。ありがとう。」

矢田はあれから何もなかったかのようにいつものお調子者の矢田、に戻り仕事をしてくれていた。

僕達はまた見つめ合って。もうちょっと歩こうか、とこのタイミングで和香の左手を握り前に進む。こっちにおいで。和香もしっかりと握り返してくれた。

「やっぱり外に出ると暑いね。今全然お風呂に入れなくて、今1番お風呂に入りたい気分。そうそう、清拭したんだけど、陽菜ちゃん手伝ってくれてね。ありがとう。このギプス早く取れたらな⋯って。」

そうだね。早く取れるといいね。

「沢山迷惑掛けてごめんなさい。宮島さん忙しくして仕事大丈夫?体調崩してない?大丈夫?」

僕の目を見て何度も大丈夫かと尋ねる和香に

「ん〜、じゃあ僕にご褒美ふたつくれる?」

茶目っ気たっぷりに答えてみる。

「えっ?何が欲しいの?高いもの?」

びっくりした様な表情の和香をからかいたくなってしまう。

「ひとつ目は⋯僕を俊介さん、又は俊介って呼ぶこと。」

さらにびっくりした表情をするも直ぐにはにかんだ優しい笑顔になる。

「病院にはパートナー、って言ってあるから。大輝先生にも陽菜にも言ってあるから。」

笑顔のまま頷く。

「はい⋯俊介さん。」

和香は噛み締めるように。でもちょっと恥ずかしがりながら。和香から初めて聞く「俊介さん」に素直に嬉しい。距離が近くなったような。ありがとう。

「それからふたつ目は⋯今、キスしていい?」

えっ?と言ったその瞬間にさっと唇を重ね直ぐに離した。何が起こったか分からないようなその表情。たまらなくて。つい今キスしたばかりなのにもうその感触を忘れるから握った和香の左手を引き寄せ2度目のキスを。今度はゆっくりと。和香も受け入れてくれた。誰もいないからいいよね。ずっと僕はこうしたかったんだ。手を繋ぎたい時は繋ぐ。キスしたい時はする。僕は人間らしい気持ちになっている。そして、男だし。和香、覚悟していてね。


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