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貞子

 「先生、お話したい事があります。助手席にお願い出来ますか?」

俊介は自分の車まで案内し、大輝に助手席を勧め、陽菜を後部座席に座らせた。陽菜は大輝の隣が良かったのかな、とか思いつつ。しかし、大輝は陽菜をありがた迷惑の様に感じているのではないかとも勘ぐってしまう。父親として。まぁ、迷惑だろうな⋯。陽菜のことをどう思っているのだろうか。今は聞けない。でも、陽菜は自傷行為をしてしまう程大輝が好き。それは真実。僕が出来ることは何だろうか?力になってやらなきゃ。

「じゃあ。出発します。シートベルトを。」

そんな事を考えながら車を病院の方角へ出発させる。

「病院には、僕は和香さんのパートナーだと伝えています。」

畳み掛けるように次から次にびっくりする事ばかりが押し寄せ、大輝は大丈夫だろうか。しかし本人は意外と落ち着いていた。しっかり前を向いて僕の話を聞いている。 

「それは、パートナーと言っておいた方が手続き上色々とスムーズに行くことが多いからで、病院に着く前に一応先生と陽菜にも言っておいた方がいいと思って。」

僕は付け足した。

「お気遣いありがとうございます。」

大輝はその立場故、そんな教科書に載っているような建前的な返事をしただけだった。何か言いたい事があるかも知れない。バックミラーに映る陽菜も何も言わず黙って車窓を眺めていた。最近の陽菜、美佐子と上手くやっているんだろうか。

「陽菜、さっきママにも電話したけど繋がらなかった。最近仕事忙しいのかな?」

陽菜は分からない、と首を振るだけだった。

「先生、それから和香さんの職場にも1ヶ月位は休職する旨は伝えてあって、施設長の小野さんって、女性の方。今日病院に来て下さるそうです。」

和香の職場も交通事故だと知って皆驚いている事だろう。

「何から何まで⋯ありがとうございます。」

大輝は頭を下げた。

「それから⋯パートナーと言っている手前、和香さんを和香、と呼び捨てで呼んでいます。」

嘘じゃない。これからもそうするつもりだけど。

「とりあえず病院にいるときだけ。」

不自然に付け加えてしまったけど、大輝は真面目に深く頷いた。

そんな話をしていたらあっという間に病院に着いた。

看護師に案内された病室に入ると年配の女性がひとりいて、和香に話しかけていた。

「宗像さんがいなくてサービス(介護サービス)が回んないよ!早く元気になってよ。頼むよ!」

と笑いながら。途中で僕らに気づき、和香の上司で施設長の小野貞子と名乗った。看護師の話しによると和香はそろそろ麻酔が切れるころで、貞子の話しかけにも理解しているという。手術は成功しており、心配は要らない。順調であるし大丈夫だと。入院はやはり1ヶ月弱になりそうだという事だ。

貞子はガハハと笑って

「まぁ、今まで有給も取らずに頑張って来たんだからこのタイミングで神様が休めって言ってくれたんだよ。ちゃんと治して戻ってきてな。ゆっくりしいや。」

この小太り肝っ玉母ちゃんが施設を支えているんだろうな。その下で元気に働く和香を見たい。貞子にお礼を言うとまた来るからねー、と言って帰って行った。

「施設長さんだったんだね?」

和香に話しかけてみる。和香には管が何本も繋がれ、相変わらずのパルスオキシメーターの音。右腕は頑丈に固定され口元に酸素マスク。和香は俊介の問いかけに僅かに頷く。目は全開出来ないようだ。その瞳でしっかりと僕を見た。僕が見えるかい。何か言いたげだけど。大輝が

「母さん。」

と話し掛ける。

「宮島さんに色々良くしてもらってるから大丈夫だよ。」

そうだと言わんばかりに出来る力で頷いた和香。ありがとう。

そして、緊張した面持ちの陽菜が

「こんにちは、宮島陽菜です。」

と自己紹介し、和香も何か言いたげだった。早く元気になって沢山話そう。






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