邂逅
俊介は出発する前に一度美佐子に連絡を取ってみたが電話は繋がらなかった。仕事中かな。仕方ない。彼女も忙しくしているのだろう。また後で掛けよう。陽菜の学校に到着し来客用のインターホンを押すと若い男性が対応してくれた。その男性は和香に似ていたため、一目で息子の大輝だと分かった。特に目元がそっくりだ。優しい目をしていた。髪は短く刈り上げられ、白のポロシャツにスラックスという教員らしさ。学生時代から履きつぶしていると思われるくたびれた上履きを履いていた。腕には若者に人気のデジタルウォッチ。来客用のスリッパを出してもらい応接室に通される。
「お忙しい所、申し訳ありません。宗像と申します。母がいつもお世話になりまして⋯」
落ち着いて挨拶をしてくれた。いや、あえて自分を落ち着かせているようにもみえる。学年主任だと名乗る年配の男性も入室し、何だか大袈裟な気もした。たかが切り傷で?
「こちらこそ娘がお世話になっております⋯」
和香の件を先に切り出そうとしたが大輝から先に陽菜の様子を話してくれた。
自分から鋏で左腕上腕付近を切ったのだという。僕が守りたい女性は何故自分を傷つけてしまうのだろうか。和香も陽菜も、その想いを僕にぶつけてくれていいのに。ふたりともこんなに僕が側にいるのに守ってやれないなんて。ごめん。
「傷は軽い切り傷です。少量の出血で養護教員が手当てをしています。今は陽菜さんも落ち着いています。」
「申し訳ありません。ご迷惑お掛けして⋯でも、娘は何故自傷行為なんてしたのでしょうか⋯もしかしていじめ?」
急に不安になった。もしいじめならちゃんと対策をしなければ⋯
「いえ、陽菜さんは明るく友達も多い生徒です。」
「⋯では、何かあったんでしょうか?」
いじめではなさそうな感じで一先ずほっとする。
「あの⋯実は⋯」
大輝は言いにくそうな感じで視線を一時的に逸らした。
「先生、大丈夫です。お話ください。」
大輝から真実を引き出さなければ問題解決にはならない。
「はい。ありがとうございます。実は、陽菜さんからLINEの交換を申し込まれまして、私は拒否しました。」
「それは当然です。先生のお立場なら。」
当然だ。そんな事で陽菜は自傷行為をしたのか?
「その後、彼女がいるのかと聞かれ拒否し続けました。公私混同はしてはいけないと教育実習のときから言われ続けていることですので。」
「先生、ご尤もです。陽菜がそんな事を⋯。」
親の知らない所で陽菜はそんな事を教師に言っていたのか。
「私の言い方が追い詰めてしまったのかも知れません。陽菜さんからは私の事を好きなのにどうしたらいいのか分からないような発言があり、その後自傷行為をされました。止めることが出来ず申し訳ありません
。余りにも瞬時で⋯」
本当に申し訳ない、といった表情で大輝と学年主任の男性は頭を下げ、謝罪した。
「いや⋯先生方は悪くないじゃないですか、陽菜の一方的な片思いですから。若気の至りというやつでしょうか。未熟な娘を許してやってもらえますか⋯?」
陽菜が大輝に思いを寄せていた。その表現方法がそんな形になってしまっていたなんて。そんなに思い詰めてしまったのだろうか。
「そんな⋯すみません。ありがとうございます。学校はあと2日で夏休みに入りますので、穏やかに過ごして頂きたいと願います。何かお気づきの事がありましたら学校までいつでもご連絡下さい。」
学年主任の男性は陽菜を迎えに行ってくると退室した。そのタイミングで和香の様子を大輝に伝えた。昨晩十字路で交通事故に遭ったこと。相手は免許取り立ての若い女子大学生で、先程保険会社からも連絡が来たこと。症状は右腕の開放骨折と打撲。これから荷物を持って病院に行く所だと伝えた。大輝もいきなりこんな重大なことが一気に押し寄せ混乱しているだろう。しかし若い割には落ち着いてしっかりしている。和香の息子だけあって。
養護教諭だという女性が陽菜に寄り添い入室してきた。陽菜の傷は本当に軽い切り傷らしく、小さなガーゼが貼付されており大した傷ではなく安心した。
「パパ⋯ごめんなさい。」
陽菜が下を向きながら消え入るような声で。
「大丈夫。謝らなくていいのよ。」
養護教諭が優しく声を掛けてくれた。
「ご迷惑お掛けし申し訳ありません。色々とありがとうございます⋯」
お礼を言うと養護教諭はお大事に、と言って帰っていった。
大輝にこれから病院に行くから一緒に行こうと声をかけ、大輝は支度と報告をしてくるからと職員室に一度戻っていった。陽菜には仮住まい先が見当たらず同居している施主が実は大輝の母親で、その事を知ったのもつい先程、そしてその母親が昨日交通事故に遭いこれから病院に大輝と共に行くと説明した。陽菜もびっくりした様子で、一緒に病院へついて行くという。大輝は通勤用のバッグと思われる鞄を肩からかけ、名札を外し急いだ様子で戻り、大輝と陽菜、そして僕の3人で和香の病院へ向かうことになった。




