悪戯か陰謀
大輝は取り急ぎ自分のハンカチで陽菜の傷口を抑え、養護教諭に内線電話をし応援要請した。
「宗像です。生徒が切り傷を負いまして、先生⋯応急処置に必要なもの持参で来てください。出血していますが少量です。他の生徒に気付かれないようにお願いします。くれぐれも⋯はい。社会科準備室です。」
養護教諭が応急処置セット持参で社会科準備室に入り、陽菜の手当てをした。落ち着いた様子で来てくれたことに感謝だ。他の生徒には気付かれていないから大丈夫だと。傷は制服の袖で隠れる。大した出血はしていない。しかし、これを他の生徒達が知ったら陽菜が噂の格好の餌食になる。学校で自傷行為だなんて。しかも教師への片思いだなんて理由が知れ渡ったら陽菜が学校に居られなくなるだろう。傷が隠れる場所で良かった。女性の養護教諭は優しい言葉を掛けながら、隣に座り陽菜の肩を擦りながら慰めた。陽菜は泣くのをやめ、次第に落ち着いてきた。養護教諭より「今日の所はご家族の方に迎えに来てもらいましょう。」との提案で、大輝が1番の緊急連絡先である母親に連絡を取るも繋がらず、2番手の父親に連絡を入れた。
俊介は事故の翌日、和香の入院手続きと必要なものを揃え、あの時に大切に拾った和香の丸眼鏡もケースに入れて持っていこうとまとめていた。主が不在の眼鏡が役目を果たせず寂しそうだった。ちょっと大袈裟かな。僕も今同じ気持ちだよ。寂しい⋯そして病院に向かおうとしていた本当にその矢先だった。陽菜の学校から電話が掛かってきた。若い男の声で教員の宗像大輝とその声は名乗った。えっ?むなかただいき⋯和香の自慢のひとり息子で公立高校の社会科教諭をしているという大輝?まさかその宗像大輝?
「お嬢様の陽菜さんが学校で出血しまして⋯いや、もう止まっています。軽い切り傷でして、ちょっと動揺されたようでしたのでご連絡させて頂きました。出来ればお迎えに来て頂けると⋯陽菜さんも不安でしょうから。お母様には連絡つかなくて。」
傷は大したことないとの事だった。いきなりだ。宗像大輝って⋯
「娘がご迷惑をお掛けし申し訳ありません。つかぬことをお伺い致しますが、もしかして宗像和香さんのご子息様でいらっしゃいますか?」
「えっ⋯?」
先方も、絶句しているようで言葉が出ないようだ。
「実は息子さんであるあなたに連絡を取ろうと思っていた所なのです。こんな形になってしまって申し訳ありません。私はお母様と同居させて頂いている宮島設計事務所の宮島俊介と申します。昨晩、お母様の和香さんが交通事故に遭われて救急病院へ入院されています。入院は1ヶ月位で右腕を骨折されています。ご連絡が遅くなり申し訳ありません。」
こんな形で大輝先生と話すなんて本当に何かの悪戯か陰謀としか思えなかった。勿論大輝先生も動揺しているだろう。
とりあえず、和香の入院荷物を車に載せ陽菜の学校に行くことにした。昨夜、佐野がコインパーキングまで送ってくれたお陰で何とか自分の車で帰路についた。救急車に同乗しても帰りの足まではまるで考えていなかった。あの状況では仕方ない。それよりも⋯陽菜の切り傷⋯家庭科の授業でもあったのだろうか。




