熱と冷
やっと、宮島さんに本心を伝える事が叶った。彼への気持ちも、リストカットのことも⋯。私の傷を見て、微動だにせず受け入れてくれた。泣いてしまった。年齢とか立場とかそういったものはもう捨てて。かなぐり捨てて。本心を。自分が思っている本当のことをぶつけた。それがいかに今までの自分に勇気と決心が要ることか、自分が一番分かってる。一緒に帰ろうと言ってくれた宮島さんをたしなめ、一刻も早く帰って宮島さんを待っていたいから。シャワーを浴びよう。宮島さん直ぐ帰って来るからお風呂沸かしておいた方がいいかな。お風呂から上がったら冷えたビールを用意しておこう。おつまみはたたききゅうりでいいか⋯。そんな事を考えながら自転車で帰る時間は宮島さんを想う気持ちを再確認することと大切にすることで重要な事だとその時の私は思っていた。考えることだけで幸せなのだから。一刻も早く帰らなくちゃ。ペダルを踏み込む力もいつもより強くなる。そして、十字路に差し掛かった途端にいきなり車のライトが眩しくなり、強い衝撃とブレーキ音。少し身体が宙に浮き「あっ」と思った矢先のほんの僅かな秒数でアスファルトに叩きつけられる。その衝撃たるや。右腕の肩と頬で着地したと表現したらいいのだろうか。でも大分ヘルメットで頭は守られた気がする。兎に角右腕の、二の腕辺りが熱く痺れる。痛みよりも熱い感じ。陣痛を経験してから何だか痛みには強くなったと自覚する。リストカットばっかりやっていたからだろうか。どうしよう。「大丈夫ですか?」や「救急車!救急車!早く!」とか声は遠くで聞こえるものの声が出ない。こんな所で寝っ転がっていないで早くマンションに帰らなきゃ⋯。帰りたくても起きられない。体が全く言うことをきかない。何なのこれ⋯。そんな事を考えてたら救急車が来た様だった。
「大丈夫ですか!分かりますか?救急車です!」との救急隊員に大丈夫だと言いたいのに返事が出来ない。右腕は熱いのに身体は冷たい感じ。この熱と冷が同居するこの気持ち悪さから一刻もはやく逃れたい。
「宗像さん、僕だよ。わかる?」
宮島さんの声。一番聞きたい声なのに。返事がしたいのに。上手く出来ない。早く帰ってふたりで同じ時間を過ごしたいだけなのに。一緒にビールを飲んで今日あったことを話して、多分今夜は隣で眠ることが出来たはず。宮島さんの寝息を感じながら。寝顔を見つめながら。ぬくもりも。もう出来ないのかも。悔しい。大輝は大丈夫だろうか。もうひとりで生活できるだろう。家のローンどうなるかな。1回目の融資の実行は終わっている。家、完成するのかな。仕事は⋯明日認定調査あったな。そんな色んなことが駆け巡ったけどそれ以上もう考えることが難しくなってきた気がした。




