策略
宗像さんに一緒に帰ろう、車をコインパーキングに入れているからと伝えるも宗像さんは自転車で自力で帰る、と言った。先にマンションへ帰りシャワーを浴びて待っているから、と。ちょっとはにかみながら。その意味を理解した僕は別々に帰路へつくことを了承した。直ぐに帰るから。待っていて。彼女が自転車でマンションへ向かう姿を見送ってから躯体の照明を切りコインパーキングへ戻った。辺りはすっかり日が落ちて真夏の夜の暑さが身体に纏わりついた。
コインパーキングに着き精算機を探していた時だった。
「宮島さん。」
暗闇から響くひどく低く落ち着いた声。
「矢田なのか?」
聞き覚えのある声。社用車から出てきたのは矢田だった。
「まだ仕事していたのか?お疲れ。」とりあえず声を掛けた。
「今まで宗像さんの現場にいらっしゃいましたね?」
矢田の声は僕に宣戦布告した時と同じ様に静かで落ち着き、そして冷たい感じもあった。
「そうだ。」
もう隠す必要もない。宗像さんとのことも見ていたのだろうか。見られていても一向に構わない。
「俺が発破掛けないといつまで経ってもお二人くっつかないですから〜あはは!」
いつものお調子者の矢田に戻っている。
矢田の策略にまんまと嵌ってしまったのだろうか。いや、寧ろその策略がありがたかった。
「じゃ。また明日早いんで!お疲れ様っす。」
そう答えるや否や矢田は社用車に乗り込み颯爽と帰って行った。
無言でその背中を見送ってしまった。遠くで救急車のサイレンが聞こえたような気がした。
矢田は帰りの車の中でラジオの音量を最大にし、涙目になりながらハンドルを切っていた。




