使命とメビウス
竹内の身体は既にステージ4まで進行していた肺がんに侵されていた。無理をして現場に立っていたために、急性肺血栓塞栓症という最悪の形で倒れ緊急搬送、そのまま亡くなった。それが医師の見解だ。あの時、図面の打ち合わせをした時、竹内が煙を燻らしたときにもっと本気で注意してやれば良かった。そんな後悔ばかりの念が渦巻いてしまう。ごめん、竹内。力になってやれなくて。
竹内の葬儀の後、昔ふたりで良く行っていたバーにひとりで行き、ウイスキーを煽った。ダブルをストレートで何杯呑んでも全く酔えなかった。竹内と一緒に来て、ふたりでウイスキーを嗜んでいろんな話をしたものだった。まだ若い時は好きな女の話やこれからの仕事のこと、夢なんかを。竹内は、現場が好きだったし僕は建築物が好きだった。お互いのこと、子供のこと、親の介護のことなんかも。色んな話をしたっけ。
「竹内の葬儀だったんだよ。」
マスターに話しかけた。
「ええっ?竹内さん亡くなったの?どうりで喪服だったのね。」
外見は全くの男性だが内面は女性のマスターが信じられないわ、と言った感じで絶句している。僕は一通りの竹内の話を終えると
「じゃあ、あなたがその宗像さん?の家を立派に完成させなきゃならないわね。竹内さんの意志を継いでさ。これは〈使命〉なんじゃない?」
そうだ。その通りだ。僕は頷いた。
「あらぁ。くれぐれも事故のないようにお願いね。」
マスターはグラスを磨きながら僕を奮い立たせてくれた。
無性に煙草を飲みたくなりバーにくる前に買ってしまったメビウスを燻らせた。竹内の銘柄。僕自身は陽菜が生まれるときに禁煙に成功しており、それ以来だった。以前はマイルドセブンだったっけ、なんて思いながら。今日位は竹内を偲んで。許してくれよ、竹内。
帰り道歩いていると、いきなり酔いが回ってきた。バーでは全く酔わなかったのに。マンションまで何とか辿り着きドアの前でポケットから鍵を出すも落としてしまう。ダブル4杯も呑んでしまったつけ、か。解錠すると宗像さんが鍵を内側から開けようとしてくれていた所だった。
「おかえりなさい。お清めは?」
手にお清め用の塩を持っていた。
「いや、今日は竹内と一緒にいたいから要らない。」
「そう。大丈夫?呑んできたの?」
酔いが僕を支配する。記憶はこのあたりまでしかない。
鍵が落とされたような金属音で目が覚めた。宮島さんかな。竹内さんの葬儀だったから一応お清め塩を持って玄関まで行った。雪崩込むように宮島さんがドアから入ってきた。黒のネクタイは緩まれアルコールと煙草の匂いを纏わせながら。こんなに泥酔した宮島さんを初めて見た。竹内さんとは親友だったらしいから相当ショックを受けているのであろうことは理解できた。煙草の匂いはどこかで付けてきたのか。普段は吸わないから。お清め塩は要らないと断るや否や倒れ込むように私に覆いかぶさる。同時に宮島さんの唇が私の首すじを掠め、バランスを崩した私たちはふたりで倒れ込んだ。それでも宮島さんは私を庇いながら私を抱きしめたまま下敷きになった。暫く動けなかった。
「宮島さん、大丈夫?」
何度も声かけするも寝てしまっている。死んでしまったかのように反応なく寝入っている。相当量呑んだのだろうか。こんなになるまで。私ひとりで宮島さんをベッドまで運べる訳でもなく、玄関で靴を脱がせ、タオルケットをかけてあげるしかなかった。喪服のまま。相当辛かったのね。その夜はタオルケットをかけた宮島さんの肩に自分の手を置く位しか私には出来なかった。




