免許と傷跡
教習所に通うのは何十年振りだろうか。確か大学2年の夏休みに普通免許を取りに行ったきり。学生の頃は時間が割とあったけど、仕事の合間で通うとなると中々、結局2ヶ月弱位掛かってしまった。何か学生に戻った気分で予約を取り指導員に「宜しくお願い致します。」と挨拶をする。久しぶりの「学校」みたいな感じ。服の上からゼッケンをつけちゃったりして。僕は今まで恥ずかしながらオートバイクに乗ったことがなかった。だから、宗像さんもこんな教習を受けたのかな、とかやっぱりスラロームや一本橋には苦労したんだろうか、とかこの2ヶ月弱の期間をいろんな想像しながら過ごした。実は教習所に通うことを彼女には秘密にしていて、取得できたら一番に報告して免許を見せたいと目論んでいたのだ。それで、一緒にツーリングに行きたいと誘う。まだ免許取り立てだから一緒に行ってくれませんか、と我ながら上手い口実。本当なら彼女を後ろに乗せてタンデム走行なんてできたら幸せだけど⋯彼女を背中に感じながら。だけどまだバイクに関しては初心者マークだから2人乗りは1年後かな⋯。その1年を幸せな気持ちで過ごせたらいいな。なんて。
彼女は真夏でも必ず長ズボン長袖だった。料理や洗い物をするときには袖を捲っていたけど左腕に無数の夥しい切り傷の数があるのは同居してから知った。一部は肥厚性肥大し盛り上がった傷跡になっているものもあった。彼女からは何も言わないし、僕からも、あえて尋ねることはしなかった。ただ、何となくそれが自傷行為であることは、直ぐにはわからなかった。何故なら周りに自傷行為をする人間がいなかったからだ。でもそれが、今一緒に住んでいて一番愛おしいひとを蝕んでいる病なのだとしたら、自分は力になり寄り添いたいと思っている。そして、もしかしたらこれは僕の個人的な予想だけども、宗像さんがスカートやこの暑い時期にショートパンツなど丈の短いものを絶対に履かない理由も、もしかしたら本当にもしかしたら、足にも自傷行為があるのか、若しくはバイクで転倒して怪我でもしているのか、寧ろ後者であって欲しい。そんな事までもを憶測してしまうのだった。でもそんな事を訊ける訳でもなくて。入浴の時もきちんと時間は分け互いに干渉はしていない。彼女を見つめると「ん?なあに?」といった言葉にせずとも優しい眼差しで見つめ返してくれて、こんな幸せが本当にずっとずっと続いて欲しくて、僕は彼女に尋ねる事は出来なかった。
宗像さんの土地は完全に建物が解体され、更地に地縄の状態になった。彼女は「本当に無くなっちゃったのね。」と感慨深いものがあった様だった。元々住んでいた土地なので彼女の意思で地鎮祭は執り行うことはしなかった。そして今日は竹内と宗像さんと僕、この土地で3人で打ち合わせ。竹内と宗像さんにいたっては初顔合わせの予定⋯だったが時間を30分以上過ぎても竹内は現れなかった。時間前には必ず来て、絶対に遅刻なんてしない男だったのに。どうしたんだろう。電話してみるか。胸ポケットからスマホを取り出したそのタイミングで電話が掛かってきた。なんだろうあいつめ⋯遅刻しやがって、と思ったが表示は竹内の番号ではなかった。
「はい、宮島です。あぁご無沙汰しております。奥様。」電話の主は竹内の妻だった。
「今ちょうどご主人をお待ちしていたところで⋯いえ、大丈夫です。えっ?今何とおっしゃいましたか?」
スマホの、向こうの声はかなり動揺していた。竹内の妻は工務店の事務員をしており、竹内の打ち合わせの予定を知り電話をしてくれたのだろう。
「えっ?竹内が倒れた?」




