丸眼鏡の奥
とりあえず大輝が先にアパートに引っ越し、その後に引越業者に預りの荷物を託し、和香が宮島さんのマンションへ越すことになった。宮島さんがいなかったら、私は仮住まい先が見つからなかった。こんなにしてくれて感謝しかないしありがたかった。でも、もしかしたら宮島さんは少しは私の事好きでいてくれてるのかなって⋯淡い期待をしてしまってる自分。嫌いだったら同居なんて提案しないでしょ、と言ってる別の自分。でもただの責任感からそう申し出ただけなんじゃないの?と言ってるまた他の自分。でも背に腹は代えられない。荷造りしながら色々考えてしまった。大輝が生まれてからずっと一緒だったこと。動物公園にふたりで行って他の家族の父親が子供に肩車をしてやっているのを見た大輝が肩車をせがみ、私がしてやって一緒にニホンザルを見たこと。私の父親が亡くなった時に「人って本当に死ぬんだ。」と大輝が言ったこと。高校の入学祝いに腕時計をプレゼントしてあげたこと。私のリスカ癖を知り本気で精神科を探してくれたこと。そんなことが頭の中を巡った。色んなことあったよね。育児子育ての時間というのは今考えれば短くあっという間だったのに何でもっと楽しんで每日大切に過ごせなかったのだろう。大輝が小さい時なんてほんの一瞬だったのに。私はその儚さに気づかずに每日余裕をなくし仕事ばかりしていた。每日每日、大輝を大学まで行かせなければ、とそればかり考えていた。過ぎた時間は還ってこない。漸く今気づいた。
必要最低限の生活できるだけの荷物を携え宮島さんのマンションへ。宮島さんのマンションはファミリー向けそのもの3LDK。「娘のため」と聞いた時に初めて宮島さんが離婚歴がある独身で、娘がひとりいることを知った。そんな状況も知らずにその前から私は彼を好きになっていた。もし彼が既婚者だったとしたら諦めがついたのかな。そんな余計な事も考えてしまう。
宮島さんは私に6畳相当にクローゼットの付いた部屋を貸してくれた。家賃と水道光熱費は折半。宮島さんはお金のことは殆ど言ってこないので一応居候ということもあり半分ずつということで。互いに自立してるから。ここは甘えてはいけない。
お心付けを引越業者のアルバイトのお兄さんに渡すと「幸せそうでいいっスね!」なんて言うし。やれやれ。これからどうなることやら。きっと騒がしく楽しいに決まってるから。
荷物の搬入が落ち着いて黒猫達を放つと、ずーっとくんくん匂いを嗅ぎ様子伺いをしているようだった。慣れるまで宜しくね。
「この子達、大丈夫かな?」
宮島さんが黒猫達を見守る。猫と暮らした事がないからこれから楽しみだという。それに対し今までずっと一緒だった大輝の方が離れてしまうので自分が猫ロスになっちまう、と大輝は嘆いていた。今まで一緒に寝てたからね。大輝の方が大丈夫かしら、なんて考えながら。丸眼鏡の奥の柔らかい眼差し。それにずっと包まれていたかった。




