20センチ
宗像さんの旗竿地。竿部分の通路の隅に、幅わずか20センチの細い土地が、建設会社の名義で残っていた。建築基準法上は問題ないが、その「他人の名義」がどこか宗像さんの心に残る「過去の支配」のように、僕には見えた。
実際には誰も使用しない土地だが、僕は設計図上、その20センチを侵さないよう、心理的な境界線として明確に引き、「ここから先は、誰にも邪魔されない宗像さんの領域だ」というメッセージを込めて、通路の舗装材の色をあえて変える、または砂利敷の提案を予定している。外構工事はまだ当分先。建物が完成してから。理不尽な境界線であっても、それを受け入れ、尊重することが、第一歩だと感じたからだ。別の名義の土地。その不完全で、どこか不格好な土地の形。土地も人間も完全完璧なものはなく、それを受け入れることでそこから成長していくのだ。それを見届けることが寧ろ成長の過程で最も自然で美しいものなのに。なんでそれに気づかずに今まで生きてきてしまったのか。宗像さんの土地のたった20センチで気づきがあるなんて。今まで自分は何をしていたんだろう。
それから更に宗像さんの家の北西側崖地。擁壁築造が必要だ。安全対策工事を行うことで建築が可能。僕が得意なこの構造計算で宗像さんの安全を確保してあげたい。僕がその安全を守る。
図面がほぼほぼ決定してきた時点で宗像さんへ仮住まいの提案をするタイミングになってきた。ネックなのは、アパートにしろ戸建にしろペット可の短期貸物件が極端に少ないということだった。宗像さんは2匹の黒猫を飼っている。猫でも2匹可の物件はかなり限られ、賃料が高額になり敷金、礼金、クリーニング代等全てにおいて倍額となってしまい、難航した。
「どうしよう⋯でもこの2匹はもう家族なので離れられないのです。」
今日は電話で話したがスマホの向こうで宗像さんの泣きそうな声が手に取るように分かる。
「実は僕にひとつ提案があって、もしですよ、もし、宗像さんが嫌でなければ⋯その⋯あの⋯僕のマンション⋯娘が来るかもと思ってファミリータイプを借りていて⋯部屋が空いてるし⋯」
なんてことを口走ってしまった。
「えっ?娘??」
宗像さんのびっくりしたような声。
「えっと⋯僕は離婚した時に娘を元妻に託して家を出てきた形でこのマンション借りたんです。だから⋯ここ、猫2匹までOKだし⋯」
何言ってんだ僕は。
「でも⋯そのお言葉に甘える訳には⋯。」
そりゃあそうか。そうだよな。
「すみません、変なことを言って。しかし猫ちゃん2匹行ける所って中々ないでしょう?」
現実問題そうだった。1匹ならまだしも2匹だ。
「それから、ちゃんと家賃は折半して⋯5,6ヶ月の辛抱ですから。」
何か言い訳がましかったかな。
「ちょっと考えてみて下さい。明日もう一度仮住まいの業者に連絡取ってみますから。」
と言って電話を切った。いきなりあんなことを言って宗像さん、動揺しただろう。自分でもびっくりだ。それから案の定、仮住まい先は見つからず宗像さんと僕との期限つきの同居が決まった。宗像さんの息子さんは立場上、倫理に反するようで一人でアパートを借り、宗像さんと猫2匹が僕のマンションに来ることになった。
「息子はこれを機に一人暮らしをしてみたいと言って。」
初めて別々に生活することになるので、もういい加減親離れ子離れしないとね、とも話してくれた。いい機会です、とちょっと寂しそうな感じ。やっぱり宗像さんもお母さんなんだな。本当に人生色んな事あるな。これからもきっとそうだ。




