年齢と立場
「僕の実家は夏暑く冬寒い家でした。冬は灯油のストーブを焚いていましたけど中々暖まらなくて。母親が不満げでした。夏は扇風機フル稼働してましたね。昔は今ほど暑くなかったですしね。宗像さんのお宅もそうですか?」
宮島さんの小さい頃、純粋に見てみたかったな。どんな少年だったんだろう?
「そうそう。我が家もそのとおり!ファンヒーターを点けるとクローゼットの中に結露が出来るんです。だからファンヒーター点けるときは台所の換気扇を回してるんですよ。でもね、そうすると中々暖まらなくて。」
本当の事だった。元々は3Kの間取りを2DKに大規模リフォームし、台所の隣の六畳の部屋にウォークインクローゼットを無理矢理造った時に床に断熱材を入れなかったせい。暖房を点けるとクローゼット中の床が汗をかいてくる。クローゼットの中に結露が出来るなんて致命的だ。そんな不満を宮島さんに話した所
「断熱材は大事ですよ。良い断熱材を入れることで冷暖房費の節約にもなります。発泡断熱材を入れましょうか?」
宮島さんは私の意見や希望を最後までちゃんと聞き的確なアドバイスをくれた。今まで何社か相見積もりを取ったけど、こんなに真剣に考えてくれた人はいなかった。
「こんなに親身に良くして下さって、私は宮島さんに相談して本当に良かった。感謝しています。」
本心だった。それから佐野さんが宮島さんに引き合わてくれたことにも感謝しなくちゃ。
「建築士冥利に尽きますね。ありがとうございます。建物が完成して、無事引き渡しが終わったらそのお言葉をまた聞かせて下さい。」
丸眼鏡の奥の目が穏やかに優しく微笑む。ずっとその瞳に見とれていたい。その瞳から自分の瞳を逸らすことができない。逸らして視界に別の物を見ることが勿体ない。ずっと宮島さんの瞳だけを見ていたかった。多分、恐らく、もう既に私は宮島さんに惹かれていた。好き。とても好き。今この気持ちを吐露して、彼の胸に飛び込むことができたら。こんなに幸せなことはない。だけど、だけど、きっとそんなことをしたら今後の関係がぎくしゃくしてしまう。素直に好きと言えなくなっている年齢と立場。これらが私を阻み抑えこむ。恨めしかった。何もかもが。新しい家が完成したら、引き渡しの日に想いを伝えてみたい。そうしてみたい。完成したら⋯私が拒否されるならば、もうこんなに会う回数は確実に減るし、もしかしたらもう会うこともないだろう。後腐れなく私と距離を取ってくれるだろう。そうしたら少し泣いてアームカットでもレッグカットでもして次の日からまた仕事に勤しめばいいだけ。死ぬ訳じゃない。その為の新しい家。そう。それだけだ。




