お揃い
宗像さんとの次の約束場所は宮島設計事務所。彼女は10分前に来てくれた。出来上がりの図面を見て貰いたいしショールームにも同行してあげたかった。事務所のドアを開けるなり「こんにちは!」と元気な声と弾ける笑顔。吸い込まれそうになる。周りの景色がぼやけ彼女にピントが集中した。こんなに笑顔で僕を受け入れてくれるなんて。そして互いに「あっ!」と息を飲んでしまった。そう。そうなのだ。互いの目のすぐ前にある眼鏡が⋯変わっているのは分かるが全く同じ、まさしく「お揃い」だったのだ。僕も、宗像さんも同じタイミングで眼鏡を変え、しかも全く同じチタンゴールドの丸眼鏡だったのだ。数秒、見つめ合ったまま、時が止まったというのはこのことか。そして、「アハハハッ!」と大笑いしたのは言うまでもなく。宗像さんに至っては涙目になって笑ってる。こんなに大笑いしたのは何年ぶりだろう。こんな偶然あるなんて。一生こんなことないかもな。互いの眼鏡の好みまで一緒だったんだ。信じられない。でもこんなに楽しい事はない。
「宮島さん、髭も!」
気づいてくれたんだ。ちょっと照れくさい。
「とっても似合ってる。素敵です!イメージ変わりましたね。」
目を輝かせながら褒めてくれた。
「本当ですか。」
何だか恥ずかしいな。
「以前はもっと冷たい感じでしたけど⋯何ていうか眼鏡のせいもあるのかな、すごく柔らかくなった。雰囲気が。」
そんなに冷徹な印象だったんだろうか。でも宗像さんを目の前にして大笑いしている自分は少なくとも冷酷者じゃない。自分でも優しくなっている気がした。
「図面が出来たので是非ご覧頂きたいのと、その後にショールーム行きましょう。」
図面では2SLDK+BLの間取り。一部屋が納戸扱いとなるためS表記となった。宗像さんの意見を何度も聞き、お気に入りのサンルームを今回はインナーバルコニー(BL)に。愛猫のために高窓。収納と猫のアスレチックを兼ねた猫棚「猫ちゃん夢中で困っ棚」の提案等盛り沢山。夢中になって説明した。宗像さんも笑顔で喜んでくれている。特に猫棚が気に入ってくれたようだ。まるで宗像さんと僕が住む家の話をしているかのような錯覚。以前の僕はこれが最良、と押し付け気味の所が確かにあった。けれど今は違う。何度も何度も施主の希望を傾聴し案は二つ以上を。僕は確かに変わりつつあった。
「これが私の終の住処⋯」
丁寧に丁寧に隅から隅まで愛おしそうに図面を眺めている。
「今のお宅は1階にしかトイレないですから、2階にも。」
ほら、と図面を指さし彼女は僕の指の先にあるトイレの場所を確認し
「えっ?2階にもトイレ出来るの?!」
と信じられないといった嬉しさを爆発させている様にみえた。その目の輝き様ったら。少女がお母さんの口紅を隠れて塗り、キラキラ輝いているかのような。陽菜が昔隠れて美佐子の口紅を塗り、見つけた美佐子は「勝手に触ったらだめよ。」といいつつも陽菜に綺麗に塗り直してあげた事。そんな事もあったな、と思い出した。




