冷徹な支配
結婚してすぐに「次のヘアサロン予約してきたから」俊介が美佐子のカットとパーマの日時を指定してきた。愛する妻の為に綺麗でいて欲しいという彼の願い。俊介が予約したサロンは自ら設計した住宅兼美容室の戸建で俊介のアイデアが散りばめられたお洒落な建物だった。夫が設計したサロンで髪を切りパーマをあてる。俊介は緩くカールしたセミロングのスタイルを好み予約時に既にオーナーに希望を伝えていた。俊介の好みに従って自分も美しくなる。私は愛されてる。そう思った。その後ネイルサロンも同じように予約されていた。「女性はネイルも好きなんだろう?」俊介は微笑む。こんなに女心が解る男は居ない。妻の為にヘアサロンやネイルまで。俊介の好みはナチュラルテイスト。ネイルも甘皮の処理に薄ピンクの単色カラー。服は素材が吟味された品質の良いものだが決して高級有名ブランド品という訳ではない。それが俊介の好み。それらを全て受け入れ俊介好みの「お人形」になっていった。でも⋯ちょっと違うかなと思い始めたのはこの頃だった。彼の好みに合わせなくちゃならないのかしら⋯。でも⋯でも⋯彼は自分は正しい完璧主義者で自信もある。彼の型に段々はめられていく操り人形。妻はこうあるべき、といった彼の完璧なまでの構造計算。結婚当初から家計簿を付けるように言われた。専業主婦だったのでそうするのが当たり前なのかと思った。彼が頑張って働いたお金だし。しかし段々エスカレートしている様に思えた。美佐子の体重や生理周期までもを管理し基礎体温を付けるように言われた。結婚当初から子供は一人だけ、と言われていた。三人兄妹の美佐子はせめてもう一人欲しい、と伝えたが俊介に一人だけを大切に育てよう、と却下される。最も効率的で、計画的な時期にのみ、子を持つための行為を求められた。彼の言葉は感情を持たず、「生命計画におけるリスク管理」の様に思えた。「君の体調も数値的に安定している。この計画で間違いは起きない。」美佐子は、鏡に映る自分の瞳から生きた光が失われているのを感じた。彼女の身体は、夫の人生という名の「構造体」を支える、機能的なひとつの部材でしかなかった。この冷徹な支配と予測可能な完璧さから、息が詰まった。実際に過呼吸になってしまった。自分は一人の人間で感情もある人間。生きている実感を求め「佐野健太」という名の炎のエレメントへと手を伸ばした。




