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陽菜

 大輝が顧問をしている「日本史研究同好会」に宮島陽菜が入部してきた。歴史ヲタクの聖地に女子生徒か。珍しいな。殆どが男子生徒だというのに。今でいう「歴女」ってやつか?今日は部員たちと那須与一について、語りあった。活動が終わり部員たちが帰り終える頃、宮島が話しかけてきた。「先生、LINE教えてもらっていい?」

今どきの高校生は大体これから始まるのだろう。

「なんで?」

意味がわからない。

「LINEなら日研(日本史研究同好会)のグループLINEがあるだろ。」

「わからない所先生に直接聞きたいから。」

何で聞きたがるのか。

「グループLINEで。わからない所は部長の山田さんに聞いて下さい。」

「じゃあ先生のインスタにDM送ってもいい?やってるでしょ?」

「そういうのはやってない。」

生徒との境界線はきっちり引く。曖昧にしたらいけない。公私混同はしない。教育実習のときから言われ続けていることだ。それから事ある毎に「先生、先生」と言ってくる宮島に距離を取り続けた。今このご時世、教師が何かと叩かれる時代だ。用心しておかなければ。

そんな状況が続いていたある日、

「先生、彼女いるの?」

何なんだ唐突すぎる。また宮島か。

「それは日本史とは関係ないし答える義務はない。」

「先生、私を彼女にして?」

いきなり何を言うのか。

「そういうのは要らない。」

社会科準備室で資料を人数分用意していた時だった。

「あたし⋯ずっと先生の事好きだったのに知らないふりなの?」

宮島が涙目になって右手で鼻付近を押さえている。声が震えている。

「わからない。」

「どうして?」

「わからないものはわからない。何故そんな事を言うのか。」

「あたしは先生の事が好きだから!」

「⋯⋯好き?」

正直わからなかった。考えてみたら人を好きになったことがないしなろうとも思わなかった。そういうものに深入りしたくなかった。今までそういったことを言ったらいけないんじゃないかと何となく思っていた。

「そういうことは良くわからない。」

宮島の目から涙が落ちた。

そんなに言ったらいけない言葉だったのだろうか。

「⋯うっ、あたし⋯先生のこと⋯好きなのに⋯この気持ちどうしたらいいか⋯わからなくて⋯あたしのこと⋯んっ⋯嫌い?」

嗚咽ともしゃっくりともとれる呼吸と息遣いで吐露してきた。

そんな事を言われてもな⋯正直困った。こんなとき何と言えばいいのだろうか。すると物言わぬ速さで宮島が机の上の鋏を取り、左腕の制服のブラウスを素早くめくるとその上腕に刃を当て素早く引いた。一瞬の出来事だった。

赤い線がその刃の跡をなぞるように浮き出てくる。宮島がその赤い線を右手で押さえながら座り込んだ。



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