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この世界では時々前世の記憶をもって生まれてくる人間がいる。
もっている記憶によっては科学技術の発展に寄与したりしているらしいが、ほとんどは夢を見た記憶が残っている程度でなんの意味もない役に立たない情報が頭にあるだけだ。
それに、そもそも同じ世界の同じ時代の記憶を持っている人間に出会うこと自体極めて稀だ。
だから、目の前にいる男もきっと他人の空似なのだろう。
そうでないのであればやってられない。
「ああ、愛しい蒼士。今日も麗しい。」
歌うように言われて、思わず体をのけぞらせる。
麗しいわけがない。単なる平凡な男子高校生だ。
「あんた、目悪いんじゃないですか?」
「まさか。このサラサラの黒髪も薄い唇も、色白の手も何もかもが愛おしいよ。」
ニッコリと笑う表情は高校生と言うよりまるで王子様だ。
げんなりとして思わずため息をついた。
「なにより、蒼士は心が美しい。
具合の悪かった僕を保健室に付き添って看病をしてくれたじゃないか。」
うずくまっているこの男を見て思わず声をかけてしまった自分を呪いたい。
こんな馬鹿みたいなことを延々と話すやつだと知っていたら無視していた。
これだけの美形であれば他の女子なりなんなりが俺以上の手厚い看病をしてくれた筈だし、そちらの方が良かった。
古傷を抉られる様な容姿をした男にひたすら愛を呟かれることに疲れ切っていた俺はぼんやりと男を眺めながら言われたことを右の耳から左の耳へ垂れ流していた。
だから、男が言った言葉の意味をよく吟味等していなかった。
「君の優しさ、まるでエレナの様だ。」
「……あんな天然男子と一緒にしないで欲しい。」
思わず口から出てしまった言葉を元に戻す方法は無い。
「もしかして、君は!!」
「は?なんの事でしょうか。」
「一般的にエレナは女性名だ。それを男性だと知っているという事は同じ前世持ちなんだろう?」
前世と同じ青い目をこれでもかととろけさせて男は言う。
髪の毛こそ前世と違い黒髪だが、容貌は記憶にある男と変わらないように見えた。
だからこそ、何故俺をあの天然男子かその縁者と勘違いするのか分からなかった。
色素の薄い男だった。性別こそ男ではあるが共通点等なにも無いのだ。
そもそも、本当に同じ世界の記憶を共有しているのかさえ分からない。
よくある名前だ。
けれど、この男の容貌が俺の持っている記憶とこいつの持っている記憶が同じであると伝えている様だ。
そうだ。不本意ながら前世の記憶がある。
けれどそれは目の前の男の運命の恋人でも無く、ましてや心優しい男性ではない。
「残念ながら、前世での名は“エリザベータ”です。」
目の前の男がたじろぐのが分かった。
ああ、やっぱり前世での知り合いらしい。
残念ながら、俺は男が探していた運命の恋人なんかじゃなくて、二人の仲を邪魔していたお金持ちのご令嬢だ。
所謂悪役令嬢だった俺に愛を囁きかけるなんて馬鹿だ。
けれど、それもお終い。たじろいでいる姿をみて確信する。
前世の記憶があるからこそ、絶対に超えられない壁があるのだ。
「残念でした。悪役令嬢です。」
俺が言うと、伯爵様の生まれ変わりだという男はぽかんとした後、フラフラと教室を出て行った。
見た目どころか性別も全く違う、気が付かなくて当然なのだから可哀想な事をしたのかもしれない。
けれど、その翌日何故か昨日以上の勢いで口説かれてしまって前世の記憶なんぞあてにならないと頭を抱えてしまう事をこの時の俺はまだ知らない。