【プロットタイプ】批判的ぃ
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
上手い回答が出来ない人間なので、感想欄閉じてます。
これは読者様の問題ではなく、私の問題。
詳しく知りたい方は代表作の『作品と作者の注意点』に書いてあります。
注意事項2
前半シリアスで後半コメディです。
常連というか、店のストーカーと化してます。
苺ちゃんと猫ちゃんの栞の入荷、お待ちしてます。
人と接するに当たって大切な事。其れは常に過不足なく。適切な分量で。そして方向性を違えずに。である。
まぁよくある話、虐待をしていた親が『これは躾』と言う事がある。これが何故、虐待と避難されるのかと言われれば、事は単純。やり方が過剰である事、方向性が違っている事が挙げられる。その点やはり、批判と中傷にも似た話だと思う。
批判と誹謗中傷というのは、似て非なる言葉である。この二つの大きな違いというのは、その言葉を相手に掛けた時、相手その技能を高められるか、逆に低下させかに関わってくる。
――そんな傍若無人な振る舞いをしたら、誰も貴方に着いて行かない。感情だけで事を考えるのを辞めろ。
――そんな策を実行するのは脳なししかいない。早くこの業界から居なくなれ。
この場合、何が批判で、何が中傷だろうか? 答えは明確で、上記が批判で、下記が中傷である。
感情で考えるのを辞めて、理性で事を為せば今少しマシな結果になるだろう。だが『脳なし』、『業界から居なくなれ』などと言葉を掛けたところで、何の向上もない。
躾と虐待と同じ様な話。
貴方に対して其れを言って、何処へ行っても恥ずかしくない様にさせるか。ただ心身共に傷を追わせて未来を駄目にするか。この違いである。
だが今の世界は批判に対しても中傷やいじめと混ざってしまうので、まぁ難しい話であろう。
鏡花がお目当ての栞用のスリーブを発見したらしく、目を爛々とさせながらこう言った。
「今日は行ける気がする!! 何かある気がする!! 苺ちゃん!!」
この『苺ちゃん』というのは、この間、買い逃した苺の栞である。一ヶ月に及び来店しているが、一向に入荷の気配がないらしい。
だが今日は小さな幸運に恵まれた故に期待に胸を膨らませている。
そうして訪れた雑貨屋の栞コーナー。現実は残酷で、蔦の絡んだ檸檬しか残って居なかった。
「あ……ああ……あ……遂に喫茶店シリーズまで……売り切れにぃ……!!」
購入を終えたのだから何をそこまで悲しむ必要があるのか。
「い……苺ちゃんは……あと何ヶ月待てば……入荷を……」
「……お前、入荷されたとして、ちゃんとレジまで持ってけるのか?」
鏡花は物を買う時、物凄く悩む。好きなものであっても、店頭に置かれている間は手を伸ばすのを躊躇する。そうして悩んで、悩んで、悩んだ挙句、大抵は完売を余儀なくされる。そうして手に入らなくなったところで今のように慟哭する。
かれこれ、三回目。そろそろ自分の間違えに気付くべきだ。
「買わないなら、入荷しても変わらねーぞ。取り敢えず買わずに後悔する癖を辞めろ」
「うぅ〜、ご最も。そして批判的ぃ……」
このタイミングで『批判的』と称したのには訳があるのだろうか?
批判と中傷、躾と虐待。
この対比って結構面白くて、甚だ違っている様で、一定の割合で間違っている人が多い。
批判と躾って、言葉の意味が結構似てるんですよ。
其れを言う事、する事で、貴方自身がより向上するか。
忠告に近いんですよ。
『これをやって表に出たら、貴方が赤っ恥をかく。だから指摘しなきゃいけない。どうすれば良いのか教えなきゃ駄目』
これを『信頼関係が成り立つ相手』がやることが大事。
見ず知らずの第三者がこれをやると『お節介止めて』と言われてしまうので。
この逆が中傷しかり、虐待。
やる事で相手を駄目にしてしまうこと。
人生を壊滅まで追い込んでしまうこと。
だから『甘やかすという名の虐待』って言葉もあるんですよ。
私が好きなラノベの名言です。
苺ちゃんの入荷のないまま一ヶ月が経過しました。
まだ諦めないよ!!
※防犯カメラを見たお店側からしたら
『この人やたら冷やかしに来るなぁ……。何時も何も買わないし……。栞コーナーとアリスのグッズで立ち止まってさっさと去るし……。え、ストーカー?』
と思われて居そうです。
お店がちっちゃい分、グッズの更新が早いので、定期的に見ないとすぐ変わっちゃうんですよ。
一週間ごとにちょっとづつ変わってます。
真っ当なご意見
それが分かっているのに、何故買わなかったのか。
大抵買い逃す私
ただ私が優柔不断なだけです( ˙꒳˙)
それに対して
『お前あっても買わないだろ。買わないなら意味がない。買わなきゃまた後悔するぞ』
と言う一種の忠告を行ってます。
だからこれは中傷ではなく、『批判』もしくは『躾』に近いものです。
実はこれ、前後で視点が違うんですよ。前半は鏡花、後半は瑠衣です。
それが分かるのが最後の一文。
このタイミングで『批判的』と称したのには訳があるのだろうか?
普通なら『ご最も』で終わりそうなものなのに、ずっと批判的なこと考えていたから、『批判的ぃ』と言ったんです。
心理面では固めの口調になる二人の描写を利用した話です。