進取気性
襲撃後、とある廃墟。
少し街を外れると景観はガラッと変わり、人の気配は一切なくなる。
見向きもされないその場所にポツンと佇む廃墟。
そこに、赤眼ともう一人の襲撃者が帰還する。
赤眼「月城の魔法術者。
あそこまで戦闘が出来るとは意外だった。淵見の娘といい血は偉大だなDominicus」
ドミニクス「時間稼ぎは簡単だと思ってたんだがなあ。あの嬢ちゃん幻影系の干渉魔法は通じねえし、厄介な使い魔もいるしで俺も少々見くびり過ぎた。
だがLarsよぉ、一般人のガキも仕留め損ねるなんて気抜き過ぎじゃねーか?」
ラルス「そうかもしれないな。心臓目掛けて振り抜いたんだがな、届かずに片腕を斬り落としてたよ」
ドミニクス「おいおい、これからって時に鈍ったんじゃないだろうな?」
ラルス「それはないよ。万全ではないが調子は頗る良いんだ、それにあの時はズラされたね」
ドミニクス「月城の娘にか?」
ラルス「そんなところだ。僕らも予想以上に魔力を消費したし、数日は大人しくして作戦を考えよう」
場面は変わり月城家のリビング。
定、光彩、真理有の3人が顔を曇らせていた。
光彩「で、退院してからも一人暮らしで何一つ分からんと」
定「だから魔法とやらのことは全く分からない」
光彩「何故この街に越してきたの?」
定「俺が事故に遭う前には決まってたそうだ、家の事情とやらで」
光彩「その話は誰から?」
定「俺の面倒を見てくれてた人?から病院に手紙が届いてな。今は日本に居ないから、引っ越し先のこととか色々書いてくれてたな」
真理有「あなたが思い出せる1番古い記憶は、病院以外には思い出せない?」
定「古いと言っても4カ月前だがそれが最初の記憶だな」
光彩「遠夜君、事故に遭ったのはいつか聞いてる?」
定「確か、去年の8月末だ。昏睡状態から目が覚めたのが1月の中旬くらいで、そこからリハビリして4月に退院。それからゴールデンウィークにこの街に引っ越してきた」
光彩「やっぱり手掛かり0かぁ~。まあ敵ではないんでしょうね」
真理有「今日死んでるはずだものね」
光彩「そうよね」
定「物騒だな」
光彩「それで遠夜君これからどうするの?何もしなきゃ今日のマント二人組に殺されるわよ」
定「何もしてないのにか!?」
光彩「遠夜君は魔力を持たない目撃者且つ仕留め損ねたキツネよ。今更、魔力持ちになった所で立場は変わらないわね」
定「俺はどうすれば良いんだ?」
光彩「助かる方法はあるわ」
定「その方法は?」
光彩「魔法術者機関。不戦を申し出れば安全は保障されるけど、契約魔法でその間ずっと監視対象になって魔法の行使は厳禁。刻印持ちを殺したら機関に抹殺されるからまず殺されることはなくなる」
定「警察みたいなものか?」
光彩「そんなところね」
定「月城たちは何故そうしないんだ?」
光彩「私達みたいな純血は目的があるからよ。理由は様々だけど魔法を追求したり、未踏を求めたり」
定「一応聞きたいんだが、今魔力を得た俺にも出来るのか?」その発言に真理有の表情が曇る。
定から意外な質問が投げかけられると光彩は視線を下げた。
光彩「それはあなた次第ね。出自が分からないならあなたの魔法も始原も不明で一朝一夕じゃ身に付かないと思うわ」
定「可能性はあるんだな」と彼の中で答えが出たようだった。
それを察して光彩は問う。
「正気?魔法術者の道を選んだら後戻りは出来ない。今までの平和な生活も失うことになるわよ?」
定「月城、俺は自分が何者かも今は分からないんだ。何もしなかったら一生このまま曖昧な存在だと思う。こうして俺に魔力が宿ったのも何か意味がある。
俺はそれを知りたい、答えを見つけられる気がするんだ」そう覚悟を口にし微笑んだ。
光彩「そう、後悔はしないことね。今回の件巻き込んだ私にも責任はあるし、手助けはしてあげるけど全てはあなた次第よ」
定「後悔はしない。この決断は間違ってないそういう未来にするよ」
光彩は上を見上げながら「分かったわ、じゃあ特別に明日から稽古付けてあげる。遠夜君、私の弟子になりなさい」と定の方に顔を向けた。
定「月城ありがとう」
真理有は賛成ではないようで呆れた表情をして言った
「光彩あなたもまだ未熟な部分が多いし毎日鍛錬しなければならない、これから襲撃者の対応だってある。それに加えて他人に教えてる暇なんてあるの?」
光彩「心配しないで、今まで通り疎かにするつもりはないわ。遠夜君の鍛錬は空いてる時間で最優先にはしないから、それなら問題ないでしょ?」
真理有「分かったわ、ただし少しでも対応しきれなくなったら手を引いてもらうわ。共闘してる以上これは厳守よ」
光彩「肝に銘じておくわ。ていうか真理有も協力してくれれば…」
真理有「それは無理ね。私は今回の件、色々とやることがあるからそんな余裕はないわ」
キッパリと断られた。
光彩「了解、今日はもう疲れきってるだろうし遠夜君はもう帰りなさい。真理有は泊まっていくわよね?」
真理有「泊まってくわ。今日は疲れたから」
はいよと言い光彩は続けて話す「分からないことは明日教えてあげるから。あとこのペンダント肌身離さず持っていなさい」
手渡されたのは透明なペンデュラムの中に黒い猫が埋め込まれたペンダント。
定「これは何か意味があるのか?」
光彩「魔除けみたいなもの、魔力や呪いに反応して光るからその時は逃げなさい。今の遠夜君は赤子の手をひねるより簡単だから」
定「それは、そうだな気を付けるよ」
否定はできなかった。
定「じゃあ俺は帰るよ。月城、淵見さん明日からまた色々と世話になる」
光彩「ええ、気を付けてね」
真理有からの返答はなかったが「それじゃあ」と月城家を後にした。
帰り道に今日の奇想天外な出来事を振り返っていた。
魔法のこと、殺されかけたこと、腕を斬り落とされたこと、そしてその腕が繋げられたこと、魔力が宿ったこと、どの話題をピックアップしても現実離れし過ぎていて「これは誰かに話せるものじゃないな」なんて独り言を雲のない夜空を見上げて呟き、自宅へと帰った。
5月8日
定は目を覚ますと右の袖を捲って確認していた。
傷口は完全に塞がっていて縫い付けられていた模様も消えていた。「完全に治ってる」昨日の出来事は夢だったのではないかと思えたが、首から下げられたペンダントが現実だったと自覚させた。
「痛みは覚えてるし夢のはずがないか」
声が狭いワンルームに消えていく。
部屋には小さなテーブルが一つあるだけの質素な空間、起き上がり登校の準備をする。
朝食はトースト、目玉焼き、ウィンナーとシンプルに済ませ家を出た。
定「おはよう」教室へ入るとクラスメイトが挨拶を交わしてくる。
席へ着くやいなや啓介がテンション高めに「昨日の月城丘のニュース知ってるか!?」
定「っ!なんの話だ?」動揺してしまう。
啓介「嘘だろ?皆この話で持切りだぞ!あの森の中で何回も爆発があったとかで呪いが復帰したんじゃないかって」
女生徒「私も部活帰りに聞いたよ。すごい爆発音が丘の方からしてた」周りの生徒も会話に参加してくる。
定「そういえばあそこ曰く付きらしいな。何人も被害者がいたとか」
啓介「そうなんだよ。昨日の爆発が発端で、もしかしたらまた事件が起こるかもって皆言ってるぜ」
定「まさか。爆発の原因は分かってるのか?」
啓介「それも謎らしいんだよ、いくつか仮説はあるらしいんだけどよ。自然災害じゃないかとか、誰かがイタズラで花火でもやったんじゃないかとかな」
女生徒「あ、でも不思議なのがすごい音はしたのに煙とかそういうのは一切なかったんだよ」
定「爆竹で遊んでたとか?」
女生徒「爆竹であんな音は鳴らないと思うよ」
定「そんなに凄かったんだな」
啓介「遠夜、あそこには近づくなよ〜死ぬかもしれないからな!」笑いながら言われたが「――俺は昨日殺されかけてるから笑えないな――」と思いながら「ああ、気を付けるよ」と苦笑いして返した。
一「また下らないオカルトで盛り上がってるのかー?朝から元気だなお前ら」
啓介「オカルトじゃねえって何人かうちの生徒も聞いてるんだよ」
女生徒「私とか」
一「原田以外の人間が言ってるなら信憑性があるかもな」
啓介「え、バカにされてる?」
話は逸れながらも盛り上がる中、定は光彩と真理有の方をチラリと見た。
昨日教室にいたときと2人は全く変わらず、日常に溶け込んでいた。
そうしてチャイムが鳴り学校での1日が始まった。
あっという間に時間は過ぎ、お昼休みに。
初日と同様に定は教室に数人とグループで、光彩とまほは2人で、一と真理有は一人でどこかに行ってしまった。
定の賑やかな休憩時間は終わり、午後の授業を終えると光彩が定にメモを渡してきた。
「放課後、私の家に来なさい。」と簡潔に書かれていた
啓介「遠夜ー暇なら遊びに行かね?」
定「悪い今日は用事があるんだ。また今度誘ってくれ」
啓介「そっか〜なら仕方ないなじゃあまた明日な!」
定「また明日」
帰ろうとした時、既に光彩と真理有の姿はなかった。
一度帰宅し荷物を置いて私服に着替えると月城家へ向かった。
昨日はそれどころではなかったが、改めて見ると光彩の自宅は中々の豪邸だ。高い塀で囲われていて外からは見えづらいがその敷地が広いのが分かる。
その中に洋館が建てられており、まるで小さなお城の様だ。
インターホンを鳴らすと数秒後マイク越しに「鍵は空いてるから入って」と促され門扉を潜り抜け玄関へと向かい扉を開ける。
定「お邪魔します」
光彩「じゃあ早速だけど鍛錬を始めるから付いてきて」
言われるがまま後をついて行くと、昨日のリビングへ繋がるドアを通過し廊下の奥へ。
定「月城ってもしかしてお嬢様か何かか?」
光彩「違うわよ、魔法術者の家系は土地を持ってるのが殆どよ。うちも古くからある家系だから代々ってやつよ」
更に奥へ進んで行くと地下へと繋がる階段へ向かう。
定「そういうものなのか。そういえば昨日もいなかったが家族とかは仕事か?」
光彩「今は私一人よ、両親は別の場所に住んでるの」
定「色々大変そうだな」
地下へ降りると謎の鉱石が山程あり、用途の分からない道具も棚に収められていた。
そしてその先の扉を開くとそこには何もない空間があった。
光彩「この部屋は魔法を施してあってね、ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないから気を使わなくて良いわ、よ!」突然壁に向かって蒼白い球体を壁に放った。
着弾地点を見ると傷一つなく「ほらね」と言った。
光彩「じゃあまずは魔力の使い方からね。遠夜君、左手貸して」
「ああ」左手を差し出し光彩が右手で触れると力の流れを感じる。
光彩「魔力を流してるんだけどどんな感覚?」
定「左手が熱を持ってる感じだ。血液の温度が上がって、その感覚が指先から腕にかけて徐々に上がってきてる」その力の流れが淡い光を帯びる。
光彩「それがあなたの魔力の流れよ。これを自分だけで感知するのが第一の目標、成功すればその紋章が浮かび上がる」そう言って手を離す。
定「これ、は中々難しいな、それにすごく疲れる」
魔力の流れが消える。
光彩「まあ始めは休憩しながらね」
定「分かった、とりあえずもう一回やってみる」
左手に意識を集中する。
指先から手の甲へ流れ手首を通り過ぎ、前腕の中間辺りまで上がってくる。
が、ここから上昇せずに下降しはじめる。
光彩「最初にしては上出来ね」
定「途中で途切れたけど感覚は少し掴めた気がする」
光彩「あなたの魔法のトリガーは何なのかしらね」
定「それが分かるとどうなるんだ?」
光彩「始原が分かればコントロールしやすくなるし、自分の魔法系統も見えてくる。魔法術者にとって最重要なデータって所ね」
定「俺が発源したのは月城と手を合わせた時だよな?」
光彩「ええ、原理は不明だけど私の魔力があなたに流れて発源したんだと思う」
定「もう一度試してみても良いか?」
光彩「さっきもやったけど変わったことはなかったじゃない」
定「さっきは右手だったけど、あの時は左手だったはずだ」
光彩「言われてみれば…そうね、試してみる価値はある」
じゃあと定が左手を出すと光彩が今度は左手で触れて魔力を流す。
定・光彩「っ!」
あの時と同じ感覚だ。
定は目を閉じ無心になるとある風景が浮かび上がる。
水平線それが意味するものは境界だった。
そうして定は手を離すと「月城、俺の始原が分かったかもしれない」
光彩「待って!それは誰にも言わないこと私にもね。さっきも言ったけどそれは重要なデータなの、他人に明かして良いものじゃないから心に留めておきなさい」
定「そうなのか気を付けるよ。でもこれで上手くいくと思う」
そうして再び左手に意識を集中させると左腕全体が魔力に沿って淡く光ると紋章が浮かび上がった。
定「第一目標達成だ」
光彩は一瞬驚いた表情を見せて「ええ、合格よ正直予想より早かったわ。今日はこれで終わりにしましょう続きはまた明日よ」
定「もう終わるのか?」
光彩「初日から混詰めすぎてぶっ倒れられたら迷惑よ。遠夜君、もう体力残ってないでしょ。気付いてないとでも?」
定は笑いながら「本音言うと結構ヘロヘロだ」
光彩「リビングで少し休憩していきなさい」
そうして2人はリビングへと向かった。
光彩「座っててコーヒーは飲める?」
定「ありがとう頂くよ」
光彩「砂糖とミルクは?」
定「ブラックで頼む」
昨日と同じ場所に座る。
しばらくして光彩はコーヒーを淹れ終えて「どうぞ」とソファーに腰掛ける。
光彩「遠夜君、連絡先交換しておきましょ。知らないと今日みたいに学校とかで不便だから」
定「そうだな、はい」と連絡先が表示された画面をテーブル光彩の近くに置き「よし、これでオッケーありがとう」そうして定に返す。
定「ところで明日はどんな練習をするんだ?」
光彩「う~んまだ慣れきってないからな〜。明日は今日やったことの応用みたいなのやろうかな」
定「確かにまだ完璧には程遠いな」
光彩「慣れてきたら本格的に魔法の使い方に進むつもりだから、明日からはその前準備って感じね」
定「頑張るよ」
光彩「あと、間違っても外で迂闊に使わないでね。色々と面倒なことになるから」
定「厳守します」
コーヒーブレイクが終わると「今日はありがとう、そろそろ帰るよ」そう言って立ち上がった。
光彩「ゆっくり休みなさい」
そして玄関へ向かいながら「そうするよコーヒー美味かった。じゃあまた明日」外に出る。
光彩は玄関先で返す「テスト勉強忘れずに」
「そうだった」と言い、月城家の門扉を出ると定は帰路に就いた。