05.二転三転する思惑
【お詫び】
更新期間が空いちゃってスミマセン。描写に迷ったのと、あと体調不良が長く続いて全然書けずにいました。
体調は何とか戻りつつあり、どうにか書き上げたのでお届けします。
番外編『星誕祭の、その夜のこと』はあと1話で終える予定です。次話も書け次第……ということになってしまいますが、どうかお待ちいただければ有り難いです。
あっあと更新期間が空いてしまいましたので、話の内容をお忘れになっておられる方もいらっしゃることと思います。大変申し訳ありませんが、そういった方は冒頭から読み返して頂ければ幸いです。
「フィラムモーン様!」
「ソニア!」
さらにその翌日。急使を受けて慌ててやって来たソニアを、フィラムモーンはアポロニア公爵家の応接室で出迎えた。
「「伝えなくてはいけないことがあるんだ!」」
同時に発した言葉がピタリとハモって、ふたり同時に首を傾げた。
「ソニアもかい?」
「フィラムモーン様もですの?」
「……まあ、とりあえず座って。——お茶の用意を」
「ありがとう存じます。では、お言葉に甘えまして」
ふたりとも頻繁に両家の邸を訪れているから勝手知ったるなんとやら。だが礼儀は必要なため、主客はそれぞれ簡単に挨拶を交わして、応接テーブルを挟んで向かい合う。
アポロニア家の使用人たちも慣れたもので、ソニアがソファに腰を下ろしたのと侍女が紅茶の注がれたカップを彼女の前に置いたのとは、ほぼ同時だった。
「で、話というのは?」
「まずは本日の用件を先にお伺いしても?」
互いに話があるわけだが、それでも今日はフィラムモーンからの呼び出しにソニアが応じた格好になっている。ここはフィラムモーンから話すべきだろう。
「実は昨日、帰宅して父に確かめてみたんだ。アナスタシア様が、本当にオフィーリア様の生まれ変わりなのかどうか」
「それで、なんと?」
「……知っておられた」
「まあ!」
「それだけではなく、陛下も」
「えっ」
「最初に陛下がお気づきになられたのだそうだ。そしてお父上、カストリア侯と我が父と、さらにはオルトシアー嬢のお父上、ヨルゴス様も」
「ええっ!?」
「父の話によれば、近衛騎士隊長のイスキュス殿までそうお考えなのだそうだ」
「では生前のオフィーリアをご存知のお歴々が、皆様そうお考えだということではないですか!」
フィラムモーンもソニアも、アナスタシアが自分のことをオフィーリアの生まれ変わりだと発言したという話など聞いたことがない。第三者からの噂としても聞いた覚えがないから、おそらくは他の誰もそんな話は承知していないはず。
であれば、かつてのオフィーリアを知る人々が確信をもってそう考えているのは何故だろう。
「……やはり、アナスタシア様は性格や容姿がオフィーリア様によく似ておられる、ということなのだろうか……」
「どうなのでしょうか……」
生前のオフィーリアを知らない若いふたりには、なんとも判断がつかない。
オフィーリアは生前、自分の姿絵を残させなかった。それは小柄で容姿のみすぼらしい自分の姿を残したくなかったという以前に、多忙のあまりにそんな時間的余裕もなかったせいだが、理由はどうあれ彼女の容姿は後世の人々に知られていない。
そしてそれがまた、彼女の神秘性を高める一助にもなっていたりする。
「そういえば、父は最初は確信が持てなかったと申しておりましたわ。なんでも髪色が違うのだとか」
「ということは、オフィーリア様はカストリア家の黒髪だった……?」
カストリア家の血を引く者は黒髪が多く、ソニアも濡れたような深い艶の美しい黒髪をしている。一方でアナスタシアのアーギス家は伝統的に鮮やかな金髪が多い。アナスタシア自身ももちろん美しく長い金髪である。
「そういえば、ソニアの伝えたい話とは何だったんだい?」
「フィラムモーン様と同じお話でしたの。父が、アナスタシア様はオフィーリアお族姉さまの生まれ変わりだと教えてくださったので」
カストリア侯爵アカーテスは生前のオフィーリアをもっとも詳しく知る人物だ。なんと言っても彼はカストリア家の家令として、アレサとオフィーリアの二代に渡って仕えていたのだから。
特にオフィーリアに関しては生まれた時にはもうカストリア家に仕えていたし、彼女が3歳の頃に家令に昇進したため、文字通りの意味で彼女の生涯全てを知っている。
その彼が断言するのなら、それ相応の確信があるのだろう。
「…………では、やはり間違いないということか」
「そう考えてよさそうですわね」
「「じゃあ、やっぱり!」」
アナスタシア自身もオフィーリアとして生きた記憶を持っている。そして前世からカリトン王を慕っていたということになる。
そして、見る人が見ればそれが分かってしまう、ということなのだろう。
「おふたりは前世から想い合っていた……?」
「両片想い、という可能性もありましてよ」
「——それだ!」
ようやく全ての謎は解けた。
お互いが相手に片想いしていたとすれば、全てに辻褄が合う。オフィーリアは第二王子の婚約者だったし、カリトンは幼い頃から庶子扱いで王宮内でもほぼ隠されていたようなもの。公的な接点はなかったはずだが、オフィーリアが王宮の内宮にも出入りしていた以上、面識も当然あったはずである。
「婚約者がありながらの、秘められた恋……」
「それを生まれ変わってまで、想いを遂げようとして……」
そんな劇的な話など、物語でさえ見たことがない。
「「じゃあ、やっぱり!」」
ふたりの想いを遂げさせなくては。
「ソニア」
「はい、心得ております」
ふたりは力強く頷き合う。
こうして、カリトンもアナスタシアも預かり知らぬところで、ふたりの恋を成就させる極秘プロジェクトが発動したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして迎えた、社交シーズン始まりの稔季の大夜会。フィラムモーンは予定通り、ソニアをエスコートして会場入りした。
「この夜会で、陛下がアナスタシア姫をエスコートなさるのだろう」
「ええ。そうすればおふたりは晴れて結ばれますわね」
フィラムモーンもソニアも、その決断を信じて疑わない。そして彼ら自身もこのエスコートで、互いの婚約関係を確定させることになる。
だというのに、何故かソニアが浮かない顔をしていることに、フィラムモーンは気がついた。
「ソニア、どうしたんだい?何か気になることでも?」
「フィラムモーン様……」
エスコートする彼だけが気付いた、彼女の憂い。ソニアは少しだけ逡巡したものの、すぐに決意を瞳に込めてフィラムモーンの顔を見上げた。
「陛下は、姫をエスコートなさいませんでしたわ」
そう。アナスタシアはアポロニア公爵家の入場のあと、誰にもエスコートされずに単独で入場した。そしてカリトン王もまた、誰も伴わずに大階段を降りてきたのだ。
今、そのカリトン王にアナスタシア姫が呼ばれて進み出たところである。彼女を呼んだカリトン王がゆっくりと階を降りてくる。
「おそらく、今この場で姫に婚約を申し込むのだろうね」
「そうすると結局、お族姉さまにはなんの選択肢もない……ということになりませんか」
「……ん?」
「オフィーリアお族姉さまはその短い生涯で、全て全て周りに決められ、何ひとつご自身で選ぶことがなかったそうなのです。ご自身で選ばれたのは、最期の自害の決断だけだったと聞いています」
「それは……」
もし本当にそうだったとしたら、彼女の人生はなんと虚しいものだっただろうか。
「そして今世でも、わたくしたちをはじめ周りの者たちが……」
「彼女の選択肢を奪っている、と?」
やや青ざめた顔で、ソニアが頷く。
眼前では階を降りてアナスタシアと向かい合うカリトン王が、「あー、そのー、えっと、なんだ」などと煮え切らない態度を見せている。
「わたくし、思うのです。せっかく生まれ変わったのであれば、今度こそお族姉さまにはご自身の意思で幸せを選んでいただきたいと」
「それは、つまり……?」
「アナスタシア様がフィラムモーン様を選ぶ未来があっても良いと思うのです」
「えっ」
「だってわたくしの目から見ても、お似合いに見えたのですもの。フィラムモーン様はアナスタシア様に恋慕の情がおありでしょう?アナスタシア様だって、きっと満更でもないはずですわ」
そんな事を言われてもフィラムモーンは困惑するしかない。せっかく彼女への想いを断ち切って、ソニアと向き合うと決めたからこそ今この場にこうしているというのに。
だが、もし、アナスタシア姫に選んでもらえるのならば。そのために名乗りを上げても許されるというのであれば。
「…………君は、それでいいのか」
「わたくしのことより、今はお族姉さまの真の幸せの方が大事ですわ!」
決意のこもった瞳で見上げられ、フィラムモーンの心にもにわかに火が灯る。
「ソニア、済まない」
そうしてフィラムモーンは駆け出した。
「……行ってらっしゃい、ませ」
そう呟いた、ソニアをその場に残して。