07.幸せのブーケトス
「だってわたくし、やはりアナスタシア姫にはフィラムモーン様がお似合いだと思うのです!おふたりの恋が成就するためならば、わたくしいつでもいくらでも身を引きましてよ!」
ヤケになったテンションのまま、ソニアは後戻りの利かないところまで言及してしまう。
こうなればもうヤケですわ。いえもうとっくにヤケですけれどね!
「あ、あのですね、ソニア様……」
「皆まで仰らなくても大丈夫ですわよ、お族姉さま」
それは、テンパった末のおかしなテンションが言わせた一言。
「……えっ?」
(……えっ?)
向かい合うアナスタシアとソニア、戸惑う王女と自信満々ドヤ顔の侯女が、実は内心で全く同じ一言をタイミングまでバッチリとハモらせていたなどと、一体誰が気付くだろうか。
(……あっ!そこまで話すつもりはありませんでしたのに!?——ええい!もうこうなれば、なるようになるだけですわ!)
「父からある程度は聞き及んでおりますの。——お初にお目にかかります、オフィーリアお族姉さま」
内心がどんなに満身創痍であろうとも、身に染みついた淑女礼がスッと出てくるのはカストリア侯爵家の高い教育の賜物。今ソニアを支え、そしてかつてはオフィーリアの矜持であったもの。
「ま、待ってソニア様」
「なんですの?」
「アカーテス……いえカストリア侯がそう仰いましたの?」
「……ハッキリとは申しておりませんが、わたくしの又従姉妹だと」
これは事実だ。父アカーテスからは、アナスタシアがオフィーリアの生まれ変わりであるという明確な言葉はもらえなかった。だがそれでも彼は『お前の又従姉妹に当たる方だよ』と明言したのだ。
「あー、その、心を落ち着けて聞いてほしい。カストリア侯爵だけではないんだ」
「……へっ?」
ソニアの暴露に便乗するようにおずおずと話を始めたカリトン王の言葉に、アナスタシアの目が点になった。
「クリストポリ侯爵の兄君ヨルゴス殿も、御身を『オフィーリア様の生まれ変わりだ』と親書で知らせてくれていてね」
「……は?」
「メーストラーもそう言っていただろう?」
「え……ええ、まあ、それは……」
「イスキュスだって、御身には“悲劇の公女”の面影があると」
「えええ!?」
そしてアナスタシアの動揺と狼狽は、このあと頂点に達した。
「あとお父上、ニケフォロス王太子からも『可能性が高いから』と言われていて」
「ううう嘘でしょ!?なぜお父様が知っていますの!?」
「だって君、5歳の頃に自分でオフィーリアと名乗ったそうじゃないか」
「おおお憶えてませんわ!?」
5歳当時の記憶など、成長すれば普通に忘れるものである。いかに才知あふれていようと転生者であろうと、アナスタシアもやはりひとりの人の子であり、そこは大多数の一般の例に漏れなかった。
「えっと、いいかな。——その、僕も知っているんだ。父にそうだと聞かされていて」
「ああ、そういえば宰相ともそういう話をした事があるな」
「うええ!?」
さらにフィラムモーンからも告白があり、アナスタシアはもはや表情さえ取り繕うことができない。淑女の仮面などすっかり粉々で、もう跡形すら残っていない。
「(まあ、当然驚きますわよね。明かしていないはずのことが周り全てにバレていたのですから)——それを踏まえて、ですわお族姉さま」
アナスタシアとは逆にやや冷静さを取り戻したソニアは、元の目的に向けて軌道修正をはかる。
自分でもなかなか強引だなとは思ったが、今の狼狽するアナスタシアになら、きっとこれで押し通せるはず。
「かつてのオフィーリアお族姉さまは、ご自身でご自分のこともその幸せも、何ひとつ決められないままに死を選ぶしかなかったと聞き及んでおります。——だからこそ!前世の恋を追うもよし、新しき生として今世の幸せを追うもよし、ですわ!前世にとらわれ過ぎて思考を凝り固める必要などないと思うのです」
ソニアは思うのだ。前世と今世は違うはずだと。せっかく生まれ変わったのだから前世のオフィーリアとしてではなく、今世のアナスタシアとしての幸せを目指してもいいのではないかと。
もちろん、前世の想い人であるカリトン王が健在な時代に生まれ変わったのだから、彼女が前世の想いを遂げようとするのは自然なことだろう。だが、その想いを敢えて断ち切り新たな人生を選んだとしても、それは彼女の当然の権利として認められるべきである。そうでなくてはならないし、そうしても構わないのだと、ソニアはアナスタシアに気付いて欲しかったのだ。
「……そうだな。ソニア侯女の申す通りだ。もちろん私は、私を選んでくれればとても嬉しい。だけど貴女が義務感や私への同情でこの手を取ることは望まない。望みたくない。大事なのは何よりも、貴女が幸せになることだ」
「僕だって陛下と同じ気持ちだ。陛下と添い遂げることが前世からの貴女の望みだと思えばこそソニア侯女を一度は選んだ。けれど彼女に気付かさせてもらったんだ。真に大切なのは何よりも貴女の望みであり、自由であり、貴女の幸せなのだと。
僕が勝手に身を引いて、貴女の選択肢を奪うべきじゃない。貴女が自由に選ぶべきで、もしも選んでもらえたならば全霊をもって貴女を幸せにすると誓おう。——もちろん、貴女は僕や陛下以外の殿方を選んだっていいんだ。それで貴女が真に幸せになれるのならば、僕は全力でそれを支え守ると誓う」
そしてそれはカリトン王も、フィラムモーンも同じ想いであるようだ。
(あっ!?フィラムモーン様ってば余計なことを仰いましたわね!?)
だが、フィラムモーンはつい余計な一言を加えてしまった。
おそらく、フィラムモーン自身もまだどこかテンパっていたのだろう。よりによってカリトン王でもフィラムモーンでもない、第三の選択肢まで提示してしまうとは。
ソニアは一瞬だけ内心慌てたが、直後のアナスタシアの表情を見てそっと安堵の息をつく。だって彼の言葉に思わず周囲を見回したアナスタシアが、一瞬でスンとしてしまったのだから。
招待客の貴族たち、とりわけ子息や若き当主たちがフィラムモーンの言葉を受けてざわりと色めき立ったものの、表情が抜け落ちたあとのアナスタシアはそれらを一顧だにしなかった。
結局、アナスタシアはカリトン王の手を取った。それはつまり前世からの恋に忠実に、自分の心に正直に生きるという彼女の決意表明でもあった。
「——ご決断を、尊重致しますわ」
彼女がフィラムモーンを選ばなかったことに心から安堵しながら、ソニアも進み出てフィラムモーンの手を取る。
「後からやっぱり交換しろと仰られても、もうお受けできませんからね!」
こうして、二組のカップルが成立したのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……思い返せば、あっという間の3年間でしたわ」
そうして話は現在に戻る。
あの稔季の大夜会で当時13歳のアナスタシアと35歳のカリトン、それに15歳のフィラムモーンと14歳のソニアの二組がそれぞれ婚約を果たしてから早3年。アナスタシアはミエザ学習院を3年間首席のままで卒院し、それからもうすぐ1年が経とうかという寒季の星誕祭の今夜、晴れてカリトン王と婚姻を果たし妃となった。
来年には、正式に王妃として冊立される予定になっている。
「長かったような、短かったような……」
目を細めつつ過去に想いを馳せる18歳のフィラムモーンはあの頃と比べても段違いに成長し、内面にも外見にもさらに磨きがかかっている。それはもうソニアですら直視できなくなるほどに。
そしてそのソニアもまた一段と美しく成長し17歳になっていて、巷では王国一の美男美女カップルだと持て囃されている。カリトン王とてイケメンには違いないのだが、さすがに若さの一点でフィラムモーンには及ばない。
まあハッキリそう言ってしまうと不敬に当たるので、誰も明言はしないが。
「だがこれで、陛下とアナスタシア様は晴れてご夫婦だ。次は、ようやく私たちの番だよ」
「ええ。そうですわね」
フィラムモーンとソニアが寄り添って立つ神殿二階の控室の窓の下では、お披露目のために神殿の外に出てきたカリトンとアナスタシアの夫妻が、詰めかけた民衆から万雷の拍手で祝福されている。もっとも民衆は神殿敷地内に入ることを許されておらず、敷地内にいるのは招待客の貴族たちだけだ。
そのアナスタシアが、キョロキョロと見回している。何かを探しているような動きである。
「…………あっ!」
そこで唐突にソニアは気付いた。
「どうした、ソニア?」
「わたくしたち、あの場に居なければダメではありませんか!」
「えっ。…………あ!」
そう。アナスタシアが探していたのは次に婚姻するべきカップルだ。ガリオン王国発祥で、このイリシャ連邦にも伝わり広まりつつある最新の婚姻式の作法であるリクシモ・ティス・アンソデスミス、つまりガリオンで言うところのブーケトスの相手を彼女は探していたのだ。
そして彼女たちの次に婚姻するのは、そう。フィラムモーンとソニアのカップルなのだ。
「まずい!急いで行かなければ!」
「……いえ。もう手遅れですわ」
慌てるふたりの眼下でアナスタシアは相手を見つけたようで、その手から純白の薔薇を束ねたブーケを夜空に放った。それはふわりと弧を描いて、ひとりの令嬢の元へ落ちてゆく。
受け取ったのはオルトシアーだ。彼女はまさか自分が受け取ることになるとは想像もしていなかったようで、真っ赤に染まった顔でオロオロと周囲を見回して、隣に立っているクセノフォンに何事か囁かれている。
「オルトシアー嬢が代役を務めて下さいましたわ」
「……そうか、彼女たちも婚姻を控えていたんだったね」
自分が受け取れなかったのは痛いが、代わりに受けたのが彼女ならまあ納得もできるというもの。あとで祝福しておかなければとソニアが考えた、その時。
「ブーケの代わりを用意しなくてはならないね」
「……えっ?」
肩に手を置かれ、振り向かされた。
すぐ目の前には、フィラムモーンのキラキラしい美顔があった。
あっ待ってそんな、眩し。
と思う間もなく、顎に手を添えられ上を向かされて。
ふたりの影が重なった。
「少し早いけれど、僕からのブーケだ。受け取ってくれれば、嬉しい」
柔らかく微笑む彼の顔を、ソニアは見られなかった。
だって真っ赤になってしまった顔を、両手で覆って隠すのが精一杯だったから。
これにて番外編【星誕祭の、その夜のこと】は完結とさせて頂きます。何とか書き上げられてホッとしています。
途中、更新が長く止まってしまい、大変申し訳ありませんでした。
最終話、ちょっと長くなっちゃったけど、いいよね……?(爆)
ていうか「テンパる」の適切な言い換え語が思いつかん……思いつかんけどなんかと差し替えたい……異世界で(日本からの転生者以外では)使いたくない単語なんだよなあ……(・ꙍ・`)
あっそれから、すでに上げてる詳細年表【王女アナスタシア編】と齟齬が起こってしまったので(特にフィラムモーンとソニアの婚姻時期)、年表のほうを修正してます。
だってやっぱりアナスタシアの結婚を先にした方が話の流れとして書きやすいし(作者的な都合)、よく考えたらソニアさん公爵夫人としての教育が必要だったしね……(爆)。
今後もストーリーがまとまり次第、番外編を書いていきたいなとは思っていますが、書籍化作品ということもあり「web上で公開するもの」については流動的、ですかね。とりあえず書くと決めてるのはオフィーリアの母アレサの話ですが、いつになるかはお約束できないです。
ひとまず次の番外編を上げるまでは、完結表示に戻します。
こういう番外編が読みたい!っていうリクエストとかありましたら、感想欄にてお寄せ下されば検討しますので、お気軽に是非どうぞ!
(自分で自分の首を締めに行くスタイル)