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第6話

誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!

 フェリシアが文官となって二日目。

新人は朝から雑用を言いつけられてなかなか忙しい。


会議の準備に、書類の整理。

他にも書類を他部署へ届けるよう申しつけられる。


優雅に淑やかにと貴族の令嬢として育てられたフェリシアにとって慣れないことばかりだった。


しかも方向音痴のフェリシアは書類を他の部署へ持って行くだけで迷子になる。警備の人を見つけて道案内をしてもらったり、時にはロイドを頼り何とか午前の仕事を終えた。


「フェリシア、一緒にお昼行こう。今日は壁際の席にすれば昨日みたいなことにはならないよ」


ロイドが気遣って声をかけたが、あいにくフェリシアはランチボックスを持参していた。


「ごめんなさい、今日はランチボックスを持って来ましたの。

しばらくは食堂を利用するのは避けようと思いまして…」


昨日は大勢の人に囲まれてしまい食事どころではなくなってしまった。

しかもロイドにまで迷惑をかけた。


思い起こせば学生の頃にも知らない人や違う学年の人にまで声をかけられることが多々あった。

しかしいつも一緒にいてくれる友人が壁になってくれたおかげで平穏な学生生活が送れていた。


もう、学生ではない。

人に守られてばかりいて、自分のことくらいは自分で対処できなくては社会人としてダメなのではないか。


そう反省したフェリシアは家の料理人に頼んでランチボックスを持ってきていた。

これでロイドに迷惑をかけることはないだろうし、他の人にも迷惑をかけることはないだろう。

それに自分も昼食を食べ損なうこともない。


「そっかぁ、そうだよね。了解」


少し残念そうな顔をするロイド。

そんなロイドの肩にエミリオが軽く手を置いた。


「ロイド可哀想に振られちまったなぁ。まあ、代わりに俺が一緒に行ってやるから元気出せよ」


「こんなごついおっさんが代わりにって何の代わりですか。僕と一緒に食べたいんだったら素直にそう言って下さい」


と軽口を叩きながら食堂へ向かう二人を、残されたメンバーで笑いながら見送る。

フェリシアもランチボックスを持って日当たりのいい中庭へと向かった。


 周囲を立ち木で囲まれて、中央には初代国王の妃だと云われる乙女の像が立ち、少し離れた場所に百葉箱が置かれている。

そして乙女の像を囲むように花壇やベンチが配置されていた。


今日は春の日差しが降り注ぐ暖かな陽気で良かった。

季節は春でも風が吹けば冷えるし、今後雨が降ることもあるだろう。

毎日ここで食べるのは無理があると思いながらフェリシアは適当なベンチに腰をかけてランチボックスを開いた。


 フェリシアは食べやすいサイズにカットされたサンドイッチを咀嚼しながら考える。


文官になって働いてみたいと思い始めてから、登用試験の勉強にしても、文官になるための基礎を学ぶにしても、父親や兄が言うように『受付嬢』や『案内嬢』になって、働くということを味わって、多少世間のことが知れたら良いのではないかと、そんなことを考えながら準備を進めていた。


父親も兄も、特に優秀でもない貴族の令嬢が勤められるのはそのような職であり、フェリシア自身もそれでいいと思っていた。

そして数年働いた後、親の決めた相手との婚姻で職を辞める。


そんな風に思っていた。

しかしいざ登用試験に合格し実際に働き始めると、そこは国政に直結した政務省。エリートばかりが揃う部署で、扱うデータは宰相閣下や国王陛下が政治的判断を下す材料となる重要なものばかり。


しかもそのデータを難しい計算で分析して作成する報告書は機密文書として扱われていた。


───どうして私なんかが…。


どうにも不思議だった。

もっと頭が良くて、優秀な人材はたくさんいただろうに。

将来重要なポストに就ける可能性のあるこの部署は、出世したい人にはうってつけの部署だ。


一緒に働く人たちはいい人たちであるのは間違いないが、優秀過ぎてフェリシアには場違いな気がして仕方がなかった。


考えごとをしているフェリシアだったが、そこへ一人の人物が近寄り、彼女の手許に影がかかる。


「こんなところで何をしている。体を冷やすぞ」


フェリシアが顔を上げる。

ぶっきらぼうな口調と美麗な顔に怒っているかのような眉間の皺。

一瞬、前世の夫が目の前に現れたのかと思った。


前世でアリシアは忙しい夫に一目会いたいと、玄関ロビーに置かれた応接用のソファーに座り、刺繍をしながらよく帰りを待っていた。


時間を忘れて刺繍を刺していると、「こんなところで何をしている、体を冷やすな」と夜中に帰宅したばかりの夫によく言われたものだった。


思わず旦那さま、と言いそうになり思いとどまる。

ここにシリウスがいるはずがない。

そこにいたのはシオン・ベラルド室長だった。


「ベラルド室長、あの、ランチを…」


この人の美麗さや表情、そして話し方に前世の夫を重ねてしまうが、よく見ると顔は似ていないし、髪も瞳の色だって全く違う。気のせいだと自分の心に言い聞かせた。


「食堂の料理が口に合わなかったか」


「いいえ、昨日大勢の人に囲まれてしまって、食事どころではなくなってしまったのです。ですからこれからは持参しようと…」


「ああ、なるほど。しかしここにいても数分後には誰かに見つかり絡まれることになる」


じっとフェリシアの顏を見た後、なるほど、とフェリシアの美貌に納得したかのようなシオンは自身も同じような苦労をした経験があり、中庭のベンチでひっそりと食事を摂っていても無駄なことを良く知っていた。


「どこか安心して食事のできる場所はないのでしょうか」


「一旦それは片付けて」


「は、はい」


「私について来なさい」


「は、はい」


フェリシアは手にしていたサンドイッチをランチボックスへ戻し、急ぎ蓋をする。

そして歩き出すシオンの後をついて歩いた。


どこへ連れていかれるのかと思えば、もといた政策室の事務所へ戻り、奥へと突き進む。そして案内されたのは最奥のシオンの机の左側にある『室長執務室』と表札の貼られた部屋だった。


「昼はここを使いなさい。私の昼の時間は宰相閣下や王太子とご一緒したり他の重役とのランチミーティングがあったりとほとんど出払っている」


「でも…よろしいのでしょうか…」


濃紺色の絨毯が敷かれた部屋に重厚なマホガニーの執務机。

そしてシンプルながらも質の良い応接セットが置かれていた。


「いい。重要な書類は鍵付きの戸棚へ入れて管理している。ここなら体も冷やさないしうるさく纏わりついてくる者もいないだろう」


「はい、ではお言葉に甘えて使わせていただきます。お気遣いありがとうございます」


上役の執務室を私的に使用するなど本来ならよろしくないことなのだろう。

しかし誰にも迷惑をかけず、静かに食事のできる場所はここしかないようだ。フェリシアはシオンの親切に甘えることにした。


「今日は珍しく予定がなく私もここで食べるつもりだったのだが、一緒にしてもよいだろうか」


「もちろんです!居させていただくのは私のほうですから!」


「そうか、では私は自分の分を持って来るから先に食べていなさい」


「あ、お茶を淹れてまいります!」


「悪いな」


急遽シオンと二人でランチタイムを過ごすことになってしまったが、なぜかフェリシアの頬は紅潮し、心臓の音がうるさいほど高鳴っていた。


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